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いじめられてる老メイドは大帝国の皇后だった

作者: たこす
掲載日:2026/07/06

タイトルでネタバレしてますが、そういうお話です。

「マーガレットを呼びなさい。今すぐに」


 ベル公爵夫人の言葉に、その場のメイド全員が息を飲んだ。

 屋敷のメイド長ではなく、下っ端のメイドを名指しで呼ぶのは激怒している証だったからだ。

 彼女に呼ばれたマーガレットは怯えながらやってきた。


 白髪まじりの金髪に、しわだらけの顔。

 頬は痩せこけ、血色も悪い。

 立つのもやっとという彼女は、アンバー公爵家に召し抱えられた老メイドだった。


「お、お呼びでしょうか、奥様……」

「あなた、この屋敷の清掃係よね?」

「さようでございますが……」

「見てご覧なさい。この窓枠、ホコリが残ってるじゃない」


 そう言って差し出した指先には、かろうじてわかるほどの小さな塵がついていた。


「あなた、メイドの仕事を怠ったわね」

「お、お待ちください、奥様。確かに私は清掃係ですが、ここは管轄外で……」

「あら? 言い訳するの? 公爵夫人であるこのわたくしに」


 青筋を立てるベルの姿に、マーガレットは「ひっ」と小さく悲鳴を上げて深々と頭を下げた。


「め、滅相もございません! そんなつもりはまったくありません!」

「ムチを」

「お許しください! お許しください!」


 マーガレットの悲痛な叫びも虚しく、ベルは彼女の両手足にムチを打ち付けた。

 教師がしつけに使うような弱いものではなく、折檻用のムチである。

 裾や袖は破れ、血がはじけ飛んだ。

 しかし誰もそれを止める者はいない。

 むしろいい気味だと言わんばかりに眺めている。

 その場の全員がベルのムチ打ちが終わるのを待った。


「よいこと? 今日中にすべての窓ガラスを綺麗に磨き上げなさい。できなければさらに痛い目に遭いますからね」

「は、はい……奥様……」


 マーガレットは息も絶え絶えに答えたのだった。



     ※



 マーガレットがアンバー公爵家に召し抱えられたのは1年前である。


 “見知らぬ老婆が穀倉庫で気を失っている。”


 そんな情報が領主であるガーランド・アンバーに届き、領地の穀物を蓄えている穀倉庫に行くとボロボロのドレスを着たマーガレットが横たわっていた。

 ドレスの生地からしてかなり高級で上流階級の貴族かとも思ったが、ガーランドには見覚えのない顔だった。

 すぐに屋敷に運び込み医者を呼んで治療してもらったものの、目を覚ましたマーガレットは自分の名前以外の記憶がなかった。

 ただひたすら【琥珀のペンダント】を握りしめてるだけだった。


 ガーランドは周囲の貴族たちに失踪した夫人がいないか確認したが、行方不明となっている者は誰もいなかった。

 そのまま放り出すわけにもいかず、マーガレットを臨時のメイドとして雇い、今に至る。



 召し抱えられた当初、周りのメイドたちは彼女に冷たく当たった。

 公爵家に仕えるメイドといえば由緒正しき貴族令嬢たちばかりである。それなりに自負はある。

 それなのに、屋敷の主人ガーランドは出自も不明の老婆を雇ったのだ。

 面白くなかった。


 メイドたちは共謀してマーガレットを嵌めていった。


 食事の時間を偽ってガーランドたちの食事を用意させなかったり、ベルが指示したことと真逆のことを教えたり、高価な壺を割ってマーガレットに濡れ衣を着せたりもした。

 そのたびにベルは激昂してマーガレットを折檻した。

 彼女は必死に弁明したが、聞き入れてはもらえなかった。

 出自不明の老婆の言葉など聞く耳持たなかったのである。


 しかし彼女は我慢するしかなかった。

 記憶のない彼女は、屋敷を出ても行く当てがない。

 助けてもらった手前、ガーランドに訴えるのも気が引ける。

 どうしようもなかった。



 マーガレットはただただ耐えるしかなかった。




     ※



 一方その頃──。


 世界の半分を牛耳る大帝国エルスランでは大問題が起きていた。

 皇帝の妻である皇后が行方不明となっていたのだ。


 皇后が行方不明となったのは1年前。

 暗殺を企てた者たちはすべて捕らえられ処刑されたが、彼らが捕まる前に行ったのは【変化トランス】という魔術だった。


 見た目を劇的に変化させるだけでなく記憶をなくさせるというもので、それをかけられた者は自分が何者なのかまったくわからなくなるという恐ろしい魔術である。

 皇后はさらに【転送】魔術をかけられ、どこへともなく飛ばされてしまった。


 多くの騎士たちが四方八方探したが見つからず、途方に暮れていた。

 こんなことが世間にバレたら権威が失墜する。

 ただでさえ皇帝や皇后の発言力は世界を左右するほど強い。

 皇后が行方不明と知られてしまえば大帝国エルスランの影響力は半減してしまうだろう。


 そのため皇后失踪の報は隠蔽され、徹底的に管理された。



 しかし1年経っても皇后の居場所は見つからなかった。

 そこでひとつの可能性が浮上した。皇后は国内にいないのではないかと。

 帝国でも屈指の情報網を誇る隠密部隊でさえ1年探しても見つからないのだ。他の国に飛ばされた可能性がある。


 すぐに皇帝は隣国の王たちに書簡を送った。


『もしも皇后と思わしき女性を見かけたら密かに保護し、速やかにエルスラン帝国に連絡して欲しい。ただしこのことは口外せず、信頼のおける重鎮たちにのみ情報を共有するようお願いする』


 手紙の文章はへりくだったものであったが、実際の所は脅迫に近い。

 皇后を見つけたら黙って帝国に連絡しろ、もし情報が漏れたらタダじゃ置かない。そう言っているのだ。

 エルスランほどの大帝国であれば軍事侵略など容易である。

 今は皇帝が無意味な争いを好んでないため平和が維持されているが、ひとたび逆鱗に触れたらあっという間に侵略されてしまうだろう。


 各国の王は戦々恐々としながら自国の重鎮を呼び、皇后捜索に当たった。

 もしも何も知らない平民が皇后を発見し、そこから情報が拡散されたら終わりだ。

 まさに諸外国の王たちが肝を冷やす事態となっていた。




 そしてそれはガーランド・アンバーの耳にも届いた。


 王族の遠縁にあたる彼は、国王から皇后の容姿や装飾品そして名前まで聞かされて戦慄した。


「へ、陛下、今なんと……?」

「だから皇后の名はマーガレットだ。琥珀のペンダントを身につけているらしい」


 背筋が凍るほどの衝撃だった。

 容姿は違うが、マーガレットという名と琥珀のペンダントを身につけているという事実は、今まさに屋敷で働いているメイドと同じである。


「どうした? 顔が青いぞ?」

「い、いえ……、なんでもありません……」


 偶然だろうか。

 いや、時期的に見ておそらく同一人物だ。皇后が行方をくらませた時とマーガレットを屋敷で拾った時が一致しているのだから。

 だとすれば彼女が皇后で間違いない。知らなかったとはいえ、エルスラン帝国の皇后をメイドとして働かせていたなどとバレたら大変なことになる。


「では皇后らしき人物が見つかり次第、すぐに報告するように」

「御意……」


 そう言ってガーランドはマーガレットの事を告げずに退出した。



 さてどうしようか。

 ガーランドは屋敷に戻る馬車の中で途方に暮れていた。

 このことを報告すべきか否か。

 本来であれば大手柄である。

 失踪していた帝国の皇后を見つけたとあれば、莫大な報奨金ももらえよう。


 しかしマーガレットをメイドとして雇った後の扱いが最悪すぎた。

 ベルも屋敷のメイドたちも彼女に必要以上に冷たく当たっていた。

 ガーランドも気づいてはいたが見て見ぬフリを決め込んでいた。メイドたちの不満のはけ口になってくれればいいとさえ思っていた。


 だが今は状況が一変している。


 これは帝国の逆鱗に触れてもおかしくない案件である。

 安易に皇后発見を告げると自分の身が危うくなってくる。


「……殺すか」


 密かにガーランドはそう思った。

 そうだ、殺せばいい。

 マーガレットが死にさえすれば、屋敷での行いは露見しない。露見しなければなかったことになる。

 マーガレットという老婆を拾ったことも、メイドとして雇ったことも、家族がいじめていたことも。

 皇后失踪の報も徹底的に隠蔽されてるため、かえって好都合だった。


「剣は書斎にあったかな。まだ錆び付いてなければよいが」


 そんなことを思いながら、ガーランドは帰途についた。




     ※



「これはどういうことなの! 説明なさい!」


 ガーランドが屋敷に戻ると、ベルが声を荒げてマーガレットを叱責していた。

 足下には割れた花瓶がある。


「お、お許しください……、本当に私は知らないのです……」


 床に頭をつけて懇願するように謝罪するマーガレット。

 その脇では「いい気味だ」と言わんばかりにメイドたちが笑っている。


「知らないわけがないでしょう! 今朝はきちんとここに置いてあったのに、あなたが掃除しに来たら割れてたなんて! どこかに引っかけたのでしょ!?」

「私は花瓶には一切触れておりません……、本当に割れていたんです……」


 実際はメイドのひとりがうっかり割ってしまったのだが、その罪をマーガレットになすりつけたのだった。しかし怒り心頭のベルはマーガレットの言い分などまったく聞くことなく、眉間にしわを寄せた。


「もう我慢の限界です。あなたにはムチ以上の罰が必要のようね!」


 そんなベルの状態を見てガーランドが「待て」と声をかけた。

 これはチャンスである。

 妻の逆鱗に触れた老メイドを断罪するなら今しかない。


「罰を与えるならオレがやろう。この女を雇ったのはオレなんだからな」


 まさに大義名分が出来た。

 マーガレットを殺すにしても、どう殺そうかと思っていたところだった。

 理由もなく殺してしまえば不審がられてしまう。しかしここまでベルが怒ってくれたなら、あとは妻を激怒させた罪として処罰すればいい。妻を大事にする夫という評価も得る。まさに一石二鳥だ。


「お許しください! お許しください! 本当に私は何も知らないのです!」


 ガーランドは必死に懇願するマーガレットを無視して剣を取りに行こうとした。

 しかしその足がピタッと止まった。

 気づけば背後から喉元にナイフを突きつけられていたからだ。


「動くな」


 ナイフを突きつけていたのは黒い頭巾をかぶった男だった。

 そしてその男に続いてわらわらと数人の黒頭巾の男たちが現れた。

 ベルは「ひっ!」と悲鳴をあげた。


「な、何者です、あなた方は!」

「我らは帝国の隠密部隊だ。皇后陛下の行方を追ってここまで来た」

「て、帝国の?」


 呆けた顔をするベルを見て、ガーランドは言った。


「ま、待て! なぜ帝国の人間がここにいる! ここは我が領土だぞ!」

「お前の国王から自由に行動できる権限をもらっている。まあ、皇帝陛下が少し脅しはしたがな。国王が皇后の件を話す際の反応を陰から見ていたが、お前の態度が気になったのだ。ついてきてみれば案の上だ」


 皇帝は隣国各地に隠密部隊を派遣し、重鎮たちの反応を確かめるよう命令をくだしていた。

 まさに藁をもすがる思いだったが、それが功を奏した形だった。

 見た目は変わっているが、身につけている【琥珀のペンダント】はまさに皇后のものである。


「皇后陛下、お迎えにあがりました」


 黒頭巾のひとりが地べたにひれ伏すマーガレットに声をかける。

 マーガレットはマーガレットで何が起きてるのかわからない様子だった。

 まわりのメイドたちもポカンと口を開けている。


「おい、解呪の道具を」

「はっ」


 黒頭巾のひとりが声をかけ、手のひらサイズの瓶を受け取ると中に入っている液体をマーガレットにかけた。

 するとどうだろう。

 まばゆい光とともにマーガレットの姿がみるみると変わっていった。


「な……!?」


 ベルはどんどん変化していくマーガレットに目を丸くする。


「きゃあ!」

「なに? なんなの?」


 メイドたちも困惑しながら目を押さえた。


 そして光がおさまると、そこにいたのは金色の髪をおろした一人の女性だった。40歳ほどの美しき女性である。


「な……な……な……」


 その姿を見て一番驚いていたのはベルである。

 絵画や式典で何度も見かけるエルスラン帝国の皇后がそこにいた。


 皇后マーガレットはすべての記憶を取り戻したのか、「ああ……」と感慨深げに声をあげた。


「ようやく……ようやく思い出した……。自分が何者だったか……」

「皇后陛下、お迎えにあがるのが大変遅くなってしまいました。まことに申し訳ございません」


 一斉に頭を下げる黒頭巾の男たちに、マーガレットは「よいよい」と頷いた。


「元はといえばわらわが敵の魔術にかかって飛ばされてしまったのが悪い。よくわらわを見つけてくれた、礼を言う」

「もったいなきお言葉……!」

「夫も心配しておろう?」

「皇帝陛下にはすぐに伝書魔法を飛ばしました。今頃は皇后陛下発見の報を受け取っていることでしょう」

「そうか」


 安堵のため息をつくマーガレット。

 ここに至るまでにどれほど多くの者を心配させてしまったか、それが申し訳なく思った。


「それで、この者たちはいかがいたしましょう?」


 黒頭巾の束縛から解放されたガーランドとその脇にたたずむベルに、マーガレットは言った。


「まずは礼を述べよう。年老いた身元不明のわらわを見つけ介抱してくれたこと、まことに感謝いたす。おかげで今日まで生き延びることができた」

「は、はあ」


 思ったよりも低姿勢な皇后に、ガーランドは一瞬安心する。


「しかし」と皇后マーガレットは続けた。


「そのあとの理不尽な扱いは腹に据えかねる。非常に……、非常に希有けうな経験をさせてもらった」


 その口調は怒りに震えてるようだった。

 ガーランドは背筋が凍っていくのを感じた。

 それはベルも同じで、だんだんと顔が青ざめていく。


「メイドとして雇わざるを得なかったのは理解しておる。そこは百歩譲ろう。だが、わらわの言い分を聞かずにムチ打ちするとはどういう了見か」

「ム、ムチ打ちですと……!?」


 黒頭巾の男たちがざわつく。

 皇后をムチでぶったというのか。

 事実であれば帝国内だと家族どころか一族もろとも死罪案件である。


「貴様ら、それはどういうことだ!」


 ベルたちに詰め寄ろうとした黒頭巾の男に、マーガレットは「控えよ!」と鋭い眼光を放った。


「今はわらわが問うておるのだ! お前たちがでしゃばるでない!」

「……は、はっ!」


 さすがは大帝国エルスランを陰から率いる皇后である。

 その迫力たるや皇帝以上であった。


「も、申し訳ありません……、まさかあなたがエルスラン帝国の皇后だとは知らず……」


 ベルは震えながら謝罪を口にする。


「皇后でなかったら良いと申すか? 見ず知らずの老婆であれば良いと」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「メイドの躾もなってないようだしの」


 今度は後ろで控えていたメイドたちにも目を向ける。

 皆一様に泣き震え、今にもその場で崩れ落ちそうになっていた。


「ガーランド卿」

「は、はい!」

「この落とし前はどうつけてくれるのだ?」

「どう……と申されましても……」

「まさかこのまま終わりではなかろうな?」


 まさに国の存続を左右する案件である。

 ガーランドひとりでは決めようがない。


「ま、まずは国王陛下に報告し、しかるべき対応を……」

「ありのままを報告するのだな。虚言は許さぬ。この屋敷の者たちがわらわに何をしたか、包み隠さず報告するのだ」

「か、かしこまりました……」


 最後にマーガレットは付け加えた。


「もしも嘘の報告をした時には、我らエルスラン帝国が全戦力をあげてこの国を潰しに参るから覚悟しておけ」


 それはこれ以上ないほど怒っているという表れだった。

 本来ならその10分の1の兵力でも多いくらいだ。それが全戦力となるとどれほどの被害になるか計り知れない。

 ガーランドとベルは震えながら黙って頷いた。




 皇后の帰還は秘密裏に処理された。

 各国に皇后帰還の書簡が送られ、感謝と謝罪の言葉が添えられていた。



 ただ一国のみ、今後の動向によっては侵略も辞さないという宣戦布告とも取れる書簡が送られた。

 それによりガーランド公爵領は取り潰され、エルスラン帝国に無条件に国を明け渡したのはその半年後であったという。




お読みいただきましてありがとうございました。



元々は帝国側だけの問題であり、理不尽な扱いを受けたから侵略というのは安易な発想ではありますが、エルスランは世界の半分を牛耳る軍事大国なのでそういう国だと思っていただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
短編ありがとうございます ザマァの部分がアッサリしてると 前半の老人に対する虐待部分のみが記憶に残ってしまい後味の悪い作品となってしまい残念でした 難しいですね
拾うだけで見て見ぬふり、露見しそうになったら殺そうとするガーランドが一番質が悪いのでは。 これ、拾って教会とかに預けるだけでも大手柄だっただろうに。
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