貴女が私の幸せ
柔らかな光の満ちる式場。
親族たちに見守られながら、今まさに一組の男女が契りを交わそうとしていた。
この場にいる誰もが彼らの幸せを祈り、彼らの生活が希望に満ちたものになると確信していた。
もちろん、私も。
新婦の妹として当たり前に式に参列し、皆と同じように彼らを祝福している。
尤も、私が祈っているのはお姉ちゃんの幸せだけだが。
お姉ちゃん。
世界でただ一人、私の大好きなお姉ちゃん。
新郎の傍らで幸せそうに微笑む、宇宙一可愛いお姉ちゃん。
どうか、貴女の選んだ人と幸せになってほしい。
私じゃ、貴女を幸せにはできないから。
◇
自分が世間の常識から外れているというのを自覚したのは、幸運にもまだ幼い頃のことだった。
幼い頃の私はお姉ちゃんにべったりで、あちこち駆け回るのが好きなお姉ちゃんについて回っていた。
笑顔で駆けっこに興じるお姉ちゃんと、お姉ちゃんのほうにとてとてと歩く私。
それが幼い頃の私たちの日常。
そんなある日、お姉ちゃんは一緒に遊んでいた男の子のいたずらで、思いっきり転んでしまった。
呆然とした様子で体を起こすお姉ちゃんの膝には大きな擦り傷ができていて、砂に塗れたそれからは次第に血が滲んできた。
それまでも細かい擦り傷はいくつも作っていたが、流血を伴うような怪我は初めてで、お姉ちゃんは大きな声を上げて泣き始めた。
いつも笑顔で元気なお姉ちゃんが、大粒の涙を流しながらわんわん泣いている。
そんなお姉ちゃんを私は、ただ見ていた。
転んだお姉ちゃんの膝から流れる赤を、じっと見ていた。
綺麗だと思った。
きらきらと光を反射する深い赤に、眼が釘付けになっていた。
その後どう帰ったかはあまり覚えていない。
覚えているのは、家でお姉ちゃんの治療を終えたお母さんに、赤いの綺麗だったね、と言った私に向けたお母さんの表情と、
―――なに、言ってるの?
お母さんのその言葉で、私が何か間違えてしまったということだけだ。
私はお姉ちゃんから距離を取るようになった。
お母さんが距離を取らせようと動いていたのもあるし、私自身もお姉ちゃんに対しての意識が変わってしまったのをうっすらと感じていたから。
中学、高校と進学するにつれて、私は自分の異常性を理解していった。
お姉ちゃんの笑顔が好きだ。泣き顔はもっと好きだ。
お姉ちゃんの肌が好きだ。怪我があればもっと好きだ。
お姉ちゃんが、好きだ。好きだから、嬲って甚振って弄んでしまいたい。
およそ健常者とは思えない趣味嗜好を抱え、それでも私はお姉ちゃんには一切手を出さなかった。
一度汚してしまえば、もう後には戻れないと分かっていたから。
大学に進学すると同時に家を出て、就職を機に地元を離れることが決まった頃、お姉ちゃんから結婚すると電話が来た。
もうお腹には子供がいるなんて、大人びた声で喋るお姉ちゃんになんて返したかは覚えていない。
だって、
お姉ちゃんの純潔は、一体どれだけ鮮やかだったのだろうか。
それだけで頭の中はいっぱいだったから。
◇
式は粛々と進み、新婦が誓いの口づけを交わす。
これで、お姉ちゃんは人のもの。
私以外の、誰かのもの。
不思議と胸の中はすっきりとしているのは、流れ出る涙に貴女への感情が全て溶けてしまったからだろうか。
いいや、きっと違う。
だって今もまだお姉ちゃんを想う気持ちは何も変わっていない。
なら、この胸の内は―――。
ふと、私の視線に気づいたのか、お姉ちゃんと目が合った。
涙を流す私に気付いたお姉ちゃんは困ったように、それでも柔らかく微笑んだ。
かつての照りつける太陽のようなそれではなく、優しく包み込むような慈愛にあふれた笑み。
そっか、そんな笑い方をするようになったんだ。
私はお姉ちゃんと同じ表情を返せただろうか。
分からないけれど、微笑み返すことはできたと思う。
◇
披露宴会場へ移動する途中で、お手洗いに行くと言ってそのまま帰路へ着いた。
陽光が暖かく、風も気持ちいい。まさしく門出の日にふさわしい日和だった。
地図を見ようとスマホの電源を付けるや否や、着信音がけたたましく鳴った。
着信元は、お姉ちゃん。
私はもう一度スマホの電源を落として鞄にしまいこむと、前へと歩みだした。
お姉ちゃんは変わった。
私の恋したお姉ちゃんはもういなくて、どこにでもいる一人の女性になった。
私も変わった。
お姉ちゃんが私のものになる可能性が潰えたことで心の整理がついたのだろう。
私の中に残ったのは、お姉ちゃんの先行きに光があることを祈る心のみ。
だから、私がお姉ちゃんに加害する未来は、これから先訪れることはない。
お姉ちゃん、どうか幸せになって。
私の知らないところで、私以外の誰かと共に。
そして、貴女の幸せを祈ることだけは、どうか許してほしい。
人並の感情を持たずに生きてきたこんな私だけど、この世界の片隅でただ貴女の幸せだけを祈り続ける。
どうか。
それだけ、許して。




