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火刑台の薬剤師 〜異世界で魔女にされた病院薬剤師は、薬学で呪いを解く  作者: 大棗ナツメ
第1章

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8/25

8 火を待つ村3

「それでね、遥香くん! 医療とは情熱なんだよ!!」

 ハンスは拳を天に突き上げ、自身の医療観を話し続けている。


(これ、いつ終わるんだ)

 愛想笑いで口の端を引きつらせながら、遥香は内心うんざりしていた。 


(このままだと、夜が明ける)

 そう判断した遥香は、そっと一歩、また一歩と後ずさるとーー

 するり、とハンスの横を抜け出した。

(よし、脱出成功)


 そのまま歩き出したところで、ちょうど向こうからクリスとエルダが戻ってくるのが見えた。

「遥香! そこで聞いたよ! 大丈夫だったかい?」

 エルダは心配そうに駆け寄ってくると、遥香の体をぺたぺたと触り、怪我がないか確かめはじめた。


 その時ーー

「どいてくれ!!」

 短い叫び声とともに、痙攣けいれんする男性を布に乗せた騎士たちが駆けていく。

 向かう先は治療用のテントだ。

 また一人、患者が増えたのだ。


 搬送を終えた騎士たちが、険しい顔で戻ってくる。

「あと、教会の期限まで十日だろ?」

「厳しいな。まだ何も分かってない」


 その言葉に、遥香は思わず足を止めた。

「十日……」

 人口200ほどの小さな村で、すでに150人が発症している。

 つまり、村人が日常的に触れる“何か”が原因なんだろうけど……)

 遥香は、歩きながら視線を巡らせる。


「赤ちゃんたちは、無事なんだよね」

 一軒の家で、八人の赤子がまとめてあやされていた。

 全員健康そのもので、元気な泣き声を上げている。


 最初はウイルスや細菌を疑った。

 しかし、赤子や、村に出入りする騎士団、それに医師たちは、誰も発症していない。

「感染性のものじゃ、なさそう」


(……じゃあ、水?)

「クリスさん、井戸ってどこにありますか?」


 案内された村の中心の井戸は、石がしっかりと組まれ、よく手入れされていた。

 エルダは慣れた手つきで桶いっぱいに水を汲んだ。

 その桶の中を3人で覗き込むが、これといっておかしなところはなく、普通の水と変わらない。


「失礼します。井戸を使ってもよろしいでしょうか」

 後ろから声が掛かった。

 振り向くと一人の若い騎士が立っていた。


「騎士団の方も、ここの水を使っているんですか?」

「ええ。食料は街から持参してますが、水まではさすがに。村の井戸を使わせてもらっています」

(となると、水も違う)


 当てが外れ、肩を落としながら村を歩いていると、粗末な藁葺きの家々の中で、やけに白く立派な石造りの家が見えた。


「あれは?」

「ああ、村長宅ですね。訪ねてみますか?」

 クリスの案内で緑の扉をノックすると、怯えた目が隙間から覗く。名乗ってようやく迎え入れられた。


 入り口から少し進んだ所にある台所からは良い匂いがした。

 釜から今焼き上がったであろう、香ばしい白色パンを取り出しているのが見えた。


 やがて白髪の初老の男性──村長が現れた。

「もうこの村はしまいだ」

 沈んだ声に、青ざめた顔。その視線は不安げに揺れている。


 村長は震える手を膝の上に置き、語り始めた。

「一月ほど前じゃ。畑で若い衆が突然倒れ、痙攣し始めたのは」

 そこまで言うと、村長は一度口を閉じ、ごくりと唾を飲んだ。

「すると、翌日にまた一人、次の日には三人、気づけば村のほとんどが、おかしくなっていたのじゃ」


「わしら家族は外に出るのも怖くてな。一体誰が、呪いなんてかけたんだ」

 膝の上に置かれた拳は小刻みに震えていた。


「ご家族は、みんな無事なんですか?」

 その言葉に、違和感を覚えた遥香は尋ねた。


「ああ、妻も娘も息子も。それと親戚達も無事だ。ああ、それと、ローグさん家も元気らしい」

 村長に丁重にお礼を言い、屋敷を後にする。


「村長さんのご家族とご親戚、それにローグさんは無事みたいでしたね。それと、赤ちゃん達も」

 遥香は歩きながら、隣に居るエルダに話しかける。

「そうだね。そのローグという人のところにも行ってみるか」


 ローグ家は村の入り口にある商店だった。

 声をかけると恰幅のいい女性が現れる。


「旦那と商売しててね。今は行商で南に行ってるよ」

 大きな声で言った。こちらは村長と違い溌剌としている。


「先週まで、あたしも隣国に仕入れに行っててねぇ。帰ってきたらこの騒ぎで驚いたよ!」

 茶を淹れながら、ローグ夫人はガハハと笑う。


(いや、この人、村で1番元気なんじゃ……?)

 一人突っ込みながら、お茶を口に含む。

 行商で仕入れたのだろうか、それはチャイの味に似ていた。


 奥さんのおしゃべりは尽きない。旅や夫の愚痴まで飛び出したところでクリスがうまく切り上げてくれた。

「お嬢ちゃん、頑張っておくれね〜!」

 笑顔で手を振るローグ夫人に会釈をして歩き出した。

(つまり、村に居なかったから無事ってこと、か)


 村の広場に戻る途中、クリスが尋ねた。

「何か分かりました?」

「いいや、ちっともわからないね」

 エルダは腰に手を置き、堂々と答えた。

 遥香は肩を落とす。


 だが、次の瞬間──ふっと思いついた。

「あの、患者さんの家を見てもいいですか?」


 案内されたのは藁葺きの家だった。

 木で出来た薄いドアの前で遥香は止まる。

 泥を固めて作ったであろう家の壁はところどころポロポロと崩れている。


 家人が不在であるのに勝手に入るのは気が引けたが、

「お邪魔します……」

 小さな声で一声掛けて、家の中に入る。

 そこには一部屋だけの質素な空間が広がり、干し草を重ねた寝床、木のテーブル、炉が置かれている。


 遥香が干し草に近づいた瞬間──

 むくっ、とそれは盛り上がった。

「ブッフォォォォ!!!!」

 豚が顔を出した。


「ひっ……!」

 二歩、三歩、後退する遥香。


 きしむように首をエルダへ向けると、エルダは平然としていた。

「この辺りじゃ普通だよ。家畜と一緒に住むのは」


(これは、衛生面も問題かもしれない)

 ふぅっ、ともう何度目か分からないため息をつく。


 外に出た時、家の隣にもう一つ小屋があることに気付く。

「あれは?」

 遥香は小屋を指差して聞く。


「ああ、貯蔵庫だろうね」

 エルダは横目でそれを見て答える。


「あそこも見ていいですか?」

 遥香はそう言うと、ギイイッと音を立て小屋のドアを開ける。


 ドアの隙間から暗い室内に光が差し込んだ。

 穀物庫らしいそこからは、ツンとカビのような匂いが漂った。

 麦であろうか。何束かに分け積まれている。


「ライ麦だね、北じゃよく取れるんだよ」

 エルダの言葉を聞きながらそれを観察する。


(ライ麦か)

 遥香は、一本拝借して手に取って見る。

 するとーー

 黄金の穂の一部だけが不自然に黒く変色していた。


「あの、ライ麦ってこんな感じなんですか?」

 黒い部分を指差してエルダに見せる。


「いいや、こんなに黒くなったライ麦は初めて見る」

 エルダが眉をひそめた。


 ーーその言葉を聞いた瞬間、遥香の脳裏にある知識が蘇る。

(……あれだ!!)

 ああ、どうして気づかなかったのだろう。


 だが、まだ確証はない。

(確かめないとっ!)


「村長さんの家、もう一度行ってもいいですか?」

 村長宅で見た光景を思い出し、走った。


 扉の前でしばらく待っていると、首元にナフキンをかけた村長が首を出した。

「あの、パンには、何を使っていますか?」

 村長は小首をかしげつつ、答える。

「えっ? 小麦の粉と、水と……」

(やっぱり!)


 村長にお礼を言い、足早に患者の元へ行く。

 会話が成り立ちそうな年配の女性の患者を選び、話しを聞く。

「あの、普段のパンは、何で作っていますか?」

「パン? ライ麦だけど」


 その言葉で、確信は揺るぎないものになった。

(よし!これで揃った!)



 点が、一本の線になった。

 ——答えは出た。期限は、あと十日。

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