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火刑台の薬剤師 〜異世界で魔女にされた病院薬剤師は、薬学で呪いを解く  作者: 大棗ナツメ
第1章

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4 締め付けの呪い3

 親子が帰ったのは、日もすっかり暮れた頃だった。

 森の中にぽつんと建つ小屋の周りでは、フクロウの鳴き声が夜の静寂にこだましている。


「ふぅ」

 エルダは肩をぐるりと回しながら、向かいの椅子に座る遥香へ声をかけた。


「今日は色々あって、疲れただろう。あんた、帰るところはあるのかい?」

「それが……ないんです」

 遥香は俯き、テーブルの木目をじっと見つめた。


「はぁ、だろうと思ったよ」

 エルダは腰に手を当て、困ったように眉を下げる。


「ルーンヘルムは、初めてかい?」

「ル、ルーンヘルム……?」

(どこ、それ……)

 頭の中で世界地図を思い浮かべるが、当然そんな地名は見当たらない。

「はぁ……」

 その様子を見て、エルダはもう一度ため息をついた。


「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね」

 湯気の立つカップを持ち上げ、じっと遥香を見つめる。


「桐谷遥香、です」

 遥香は膝の上の手を、ギュッと握りながら答えた。


「へぇ、ここいらじゃ聞かない名前だね」

 エルダは薬草の束をひっくり返しながら言った。

「マオウを知ってたところを見ると、あんたも薬師かい?」

「あ、はい。病院で働いーー」

 そう言いかけた、その時――

 ーーーぐぅぅぅぅ……

 盛大な音が、小屋に響いた。

「……っ」

 遥香は顔を真っ赤にしてお腹を押さえる。


「はっははは!」

 エルダは腹を抱えて笑った。

「腹が減ったねぇ! さぁ、夕飯にしよう!」

 並べられたのは、パンと具だくさんのシチュー。

 かぼちゃとじゃがいもがごろごろ入った、素朴で優しい香りがした。


(今朝から、何も食べてなかった)

「いただきます」

 一口すすると、じんわりと体が温まっていくのを感じた。


 そして、安心するとともに、逃げていた現実が遥香に迫ってきた。

(どうしよう)

 今日何度も聞いた"魔女"と"呪い"というあまりにも非現実的な単語たち。

 そして、明らかに日本ではない建物や人々。


(これって、やっぱり……)

 嫌な予感に胸が締め付けられる。

 深呼吸をして、勇気を振り絞った。


「エルダさん」

「ん?」

「今って……何年、ですか?」

 自分でも驚くほど、か細い声だった。

 エルダはスプーンを止め、じっと遥香を見る。


 小屋には、シーンとした沈黙が訪れた。


「何年?」

 エルダは首をかしげる。

「いやだねぇ、追われている時に頭でも打ったかい?」

 遥香はエルダの顔をじっと見つめて唾を飲み込んだ。


「今はーー」


「1625年、じゃないか!」

 その言葉が放たれた瞬間、遥香の頭は真っ白になった。

(……せん……ろっぴゃく……にじゅう……ご……)

 呆然とエルダを見つめる。


「そうだよ! ってあんた、そんなに驚くことかい?」

 エルダは不思議そうに首を傾げている。


(私、過去の……しかも、名前も知らない国に来ちゃったの……?)

 現実が、重くのしかかる。

 遥香は顔を覆い、大きく息を吐いた。


 その肩に、そっと手が置かれる。

「……行くところがないなら、ここに居な」

 それは、暖炉みたいに温かく、優しい声だった。


 その瞬間、遥香は涙が溢れた。

(人前で泣くのなんて、いつぶりだろう)

 涙のせいで、頭の奥はずきずきと痛んだが、不思議と心は少し軽くなった。


 エルダは何も言わず、ただそっと遥香の背を撫で続けてくれた。

(優しい人だ)

 そう思うと、遥香は申し訳なさと感謝が胸の中でごちゃ混ぜになり、さらに涙がこぼれた。



 ******


 翌朝。

「遥香!出掛けるよ!」

 布団をばさっと剥がされる。


 ーー既視感のある光景だ。

 朝が苦手な遥香は、学生時代は毎朝こうやって母に起こされていた。


「ほら、早く支度しな!」

 往生際悪く、布団の中でもぞもぞしていた遥香に容赦のない声が降ってくる。


 眩しすぎる朝の光に顔をしかめながら薄目を開ける。

 そこには仁王立ちのエルダが居た。

 一気に思考が覚醒する。


「……はっ! す、すみません!」

 反射的に謝るのは、日本人の性だろうか。


 (やっぱり、夢じゃない、か)

 遥香が変わらない現実に肩を落としていると、エルダは呆れたように息をついた。


「もう昼になっちまうよ。今日は、昨日の子供の様子を見に、街まで行くよ」


「……すみません」

 起きて五分、本日二度目の謝罪を口にした。


「あの、服が……」

 遥香は、着る物が白衣と青いガウンしかないことを思い出す。

「服なら、そこの机に置いてあるよ。昨日みたいな格好で街へ出ようもんなら、またすぐ捕まっちまうからね」

(……こわ……)

 物騒な言葉に身震いをした。


 遥香が眠い目を擦りながら、ノロノロと服に腕を通しているとーー

「早く来なァっ!!」

 階下から声が飛んできた。


「は、はいぃ……っ!」

 遥香は転げるように階段を駆け降りた。


 ********


 朝陽にきらめく森を抜けると、やがて街の門が姿を現した。

「うわぁ……」

 遥香は思わず息を呑んだ。


 そこには、広大な街が広がっていた。

 レンガ造りの建物は整然と並び、広場中央の噴水は、朝の光を受けて水しぶきを輝かせていた。


(昨日はそれどころじゃなかったけど……こんなに綺麗な街だったんだ)


 石畳を踏みしめながら見渡すと、小高い丘の上に灰色の巨大な建物がそびえていた。

 城というより、要塞と呼ぶ方がしっくりくる。

 古びたそれは、威圧感こそあれど、嫌な感じはしなかった。


 そのとき――

「わああああ!」

 広場の方から歓声が湧き起こった。


「何?」

 振り向いた遥香に、エルダが言った。

「ああ、騎士団だね」

「……騎士団?」

「知らないのかい? 領主さまが立ち上げたのさ」

 へぇ、と遥香は大通りへ目を向けた。


 通りは期待と熱気に包まれている。

 街の人の歓迎ぶりから、その騎士団の人気は見てとれた。


 やがて、隊列が姿を現すと、周囲の女性たちが頬を染め、ため息を漏らしている。


「え、なに……?」

 つられて見た、その瞬間。

 先頭に立つ騎士と、目が合った気がした。


 ほんの一瞬。だがその視線は、群衆の中の遥香ひとりを正確に射抜いたように感じられた。


(……気のせいかな?)

 まるでアイドルと目が合ったと勘違いするファンみたいだ、と遥香は急に気恥ずかしくなる。


 柔らかな栗色の髪、それと同色の切長の瞳が美しい騎士だった。

 彫像のように整った顔立ちは、自然に人目を惹きつけている。


(あ、これは、俗に言う“イケメン”ってやつだ。しかも、超のつく)

 遥香は女性たちが熱を上げる理由に、妙に納得してしまった。


 しかし、遥香は気づかなかった。

 通り過ぎたその騎士の口が、わずかに動いたことを。

 その視線は、群衆ではなく、ただ一点を見据えていた。



 ーー見つけた。


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