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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第1章

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22/72

22 悲しき流行2

 その後も、ひっきりなしにインフルエンザの患者が訪れ、気付けば夕方になっていた。


「すまない、遥香くん。こんな時間まで付き合わせてしまって」

 ハンスは遥香に手を合わせる。


「いいえ、それにしてもすごい人数でしたね」

「ああ、今日が1番多かったよ。死者が出たのはこれで3人目だ」

 そう言ってハンスは視線を落とした。

 その横顔には、疲れが滲んでいた。


「それで、本当にすまないんだが……」

 ハンスは、言いにくそうに視線を泳がせた。

「その、明日も、手伝って貰えないかな?」

 頭の上でパンッと手を合わせる。

「ああ、いいですよ」

 意外とあっさり了承した遥香に驚いたのであろう。

 ハンスは遥香の顔をぽかんと見ている。


 遥香が手伝いを引き受けた理由は明白だった。

(この病気、一体何なんだろう)

 嘔吐に、眩暈。

 風邪や胃腸炎とは、どこか違う。

(……何かが、引っかかる)

 遥香は目を細めた。


 明日の朝また来ることを約束し、遥香は医院を後にした。

 小屋へ戻る途中、街の広場を通りかかったときだった。

 やけに人が集まっている一角が目に入る。

 店の前は女性たちでごった返し、収まりきらず通りにまではみ出していた。


(何だろう?)

 野次馬根性がむくむくと湧き、遥香は女性たちの隙間から中を覗き込む。


 そこには――

 美しい瓶に入った化粧品がずらりと並んでいた。

 白粉、口紅、クリーム。どれも凝った容器に収められ、宝石のように輝いている。


「わぁ、綺麗!」

 遥香だって、女性だ。こういうものに心が動かないわけがない。


 色とりどりの瓶の中に、天使の絵が描かれた小さな容器も混じっていた。

 透明なガラス細工が愛らしく、装飾の一つに過ぎないはずなのに、どこか目に留まった。


(パケ買いってこういうことだよね……)

 だが、生憎と財布の中身は心許ない。

 諦めて立ち去ろうとした、その時。


「それでは、実演してみましょう」

 女性店主の声とともに、即席の実演販売が始まった。

 客の中から一人が選ばれ、白粉が丁寧に顔に塗られていく。

 白粉が塗られるたび、細かな粉が空気に舞った。

「ご覧ください。この白粉を使えば、雪のように白く、美しい肌が――」


(謳い文句は現代と変わらないな……)

 そんなことを考えていると、

「何をしている」

 背後から声を掛けられた。

「――っ!?」

 驚いて振り返ると、そこにいたのはレオニスだった。騎士団の巡回中らしい。


 レオニスは遥香の視線の先を追い、店を一瞥する。

「……化粧品か」

 なぜか、胸の奥がくすぐったくなった。


「い、いえっ! 人だかりができていたので、見ていただけです!」

 慌てて言い訳すると、周囲の女性たちがレオニスに気づいたらしく、頬を染めてひそひそと囁き合っている。


 居心地の悪さに耐えきれなくなった遥香は、レオニスの背中をぐいっと押した。

「い、行きましょう!」


 並んで歩きながら、レオニスは横目で遥香を見る。

「こんな時間まで、何をしていた」

 その声音は、ほとんど尋問だった。

「えっと、ハンス先生のところに薬の件で行ったら、患者さんがたくさんいて……その手伝いをしてました」


 そう言いながら、足は自然と森の方角へ向かっていた。

 どうやら小屋まで送ってくれるらしい。


「ああ、報告は上がっている。感染者は、少なく見積もっても六百人は下らないようだ」

「六百人!?」

 遥香の足が止まった。

 六百人――町の人口の何分の一だろう。


「明日も、手伝いに行くのか?」

「はい、そのつもりです」

「では、明日もこの時間に迎えに来る。女性の一人歩きは物騒だからな」


(………さすが、騎士団副団長)

 仕事に忠実な彼らしい言葉だ。

 一町民であろうと、危険に晒されるのを見過ごせないのだろう。

「お願いします」

 遥香は素直に頭を下げた。

 夜風の中、二人の足音だけが静かに森へと溶けていった。



 六百人が倒れ、三人が死んだ。それでも町は、まだ静かだった。

 ーー誰もが、それをただの流行病だと思っている。

 そして、何も変わらない夜が更けていった。

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