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火刑台の薬剤師 〜異世界で魔女にされた病院薬剤師は、薬学で呪いを解く  作者: 大棗ナツメ
第1章

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2 締め付けの呪い1

 遥香は声のした方を睨み据え、身構える。

(よし。一か八か、飛び込む)


 ――コツン。

 黒い人影が近づく。


「……今だ!」

 地面を蹴り、走り出す。

 体を低く沈めて、その脇をすり抜けた。

「うわっ!」

 背後で誰かの驚く声がした。


(振り向くな! 振り向けば捕まる)

 そう思い、足を早めた瞬間、誰かの手が遥香の腕を強く掴んだ。


「しまった……っ!」

 手を振り解こうとするが、外れない。遥香は目をギュッと瞑った。


「何やってんだ! こっちだよ!」

 すぐ後ろから、怒った女の声がした。

 恐る恐る振り向くと、そこには赤い髪を一つにまとめた中年の女が立っていた。


「死にたいのかい!? もたもたしてたら、あいつらが来るよ!」

 女は遥香の手を強く引くと、黒いマントをバサっと遥香の頭から掛けた。

 抗議する間もなく、半ば引きずられるようにして歩き出す。


「えっ、ちょっと……!」


 ********



 しばらく歩くと、うっそうとした森の奥に煙を上げる、小さな小屋が姿を現した。


「入りな!」

 女は扉を開けると、そのまま遥香を中へ押し込む。

「ぅわっ!」

 遥香はよろめきながらも、なんとか室内に踏みとどまった。


「で?」

 女は扉を閉め、遥香を値踏みするように見つめる。

「あんた、一体何なんだい?」

「え、いや……」

 答えようとしたが、言葉が出ない。

 遥香自身、分からなかった。


「それにしても」

 女は遥香の服装を一瞥し、眉をひそめた。

「あんた、その格好。教会に見つかったら即、火炙りだよ」


「えっ」

 遥香は自分の姿を見下ろし、目を見開いた。

 水色のガウンにキャップまで被った姿は、どう見ても浮きすぎている。


「あ、これはーー」

 言いかけたが、女に肩を押され無理矢理椅子に座らされる。

「まあいい。とりあえず座りな」

 久しぶりの客に驚いたのか、椅子はギシギシと悲鳴を上げた。


「顔色がひどいね。ほら、これでも飲みな」

 差し出されたのは、古びた水筒のような容器だった。

 中では、濃い茶色の液体がたぷん、と揺れている。


 窓から差し込む光の下で見たそれは――どう見ても、泥水だった。

(……これ、飲めるやつ?)

 一瞬ためらったが、ここまで来て拒否するのも失礼である。

 遥香は意を決してほんの一口、口をつけた。


「あ……」

 温かい。ほのかな苦味と、薬草特有の香りが鼻を抜け、喉の奥がじんわりと温まった。


「私はエルダ。ここで薬師をやってる」

 二杯目を渡しながら、女は名乗った。

「薬師?」

 古めかしい呼称に、遥香は首を傾げた。


 その時だった。


 ーーードンッ、ドン、ドン

 小屋の扉が激しく叩かれた。

「ひっ!」

 遥香の体が跳ねる。


「しっ! 静かにしな」

 エルダは素早く口に指を当てると、気配を消して扉の前に立った。


 静まり返った小屋には、遥香の荒い息遣いだけが、やけに大きく響いていた。


 ーードン!ドンッ!


「た、頼む!!助けてくれ!」

 外から、切羽詰まった男の声が響いた。


「子供が死にそうなんだ! 町の医者にも手遅れだと言われた! もう、お前しか頼る奴がいねぇんだ!!」


 エルダはすぐに扉の閂を外し、きしむ音とともに扉を開けた。

 そこには額に汗を浮かべた男が居た。

 その背中には小さな子供が背負われ、浅い呼吸を繰り返している。

 エルダは男を小屋の中へ招き入れると、子供を寝台へと寝かせた。


 子供の胸は激しく上下し、喉からは「ヒュウ……ヒュウ……」と苦しげな音が漏れている。


 遥香は、その音に聞き覚えがあった。

 狭まった気道を空気が無理矢理通ろうとする時に出る音。


 この独特の音はーー

喘鳴ぜんめい……喘息ぜんそく発作だ)


「どうしてこんなことに!? 医者はなんて言ったんだい!?」

 エルダは険しい表情で父親を振り返る。 


「締め付けの呪いがかけられているんだと! 瀉血しゃけつしてもらったが、効かなかったんだ」

 男は、震える手で顔を覆った。


「し、締め付ける……呪い……!?」

 遥香は自身の耳を疑った。


(一体どんなヤブ医者に見せたら、そんなことになるんだ)

 驚きのあまり、遥香はぱちぱちと目を瞬かせて、固まった。


「チッ」

 エルダが忌々しげに舌打ちをした。

「こんな小さい子から、どんだけの血を抜いたんだい」


 遥香の視線が、子供の腕へと落ちる。

 その細い腕に巻かれた包帯の隙間からは、血が滲んでいた。

(無意味に血を抜くなんて……治療じゃなくて、もはや追い打ちだ)


「お願いだ! 助けてくれ」

 父親は子供の手を握り、涙ながらに助けを求めた。


 必死に呼吸する子供の顔は、苦しさで歪んでいる。

 失血のせいで体力も削られ、この小さな体にかかる負担は明らかだった。


「くそっ! 絶対にあの女が、呪いをかけているんだ!」

 机をダンッと叩いて、父親は忌々しげにそう言った。


「……呪い? いや、喘息ぜんそくだと思いますが」

 遥香は、思わず突っ込んでしまった。


 父親がゆっくりと顔を上げ、遥香を見る。

(あ、しまった……つい)

 遥香は発言を後悔したが、時既に遅しだ。


「呪いじゃない、だと?」

 父親の目が、怪しく光った。



 そう、"呪い"じゃない。

 これは、治せる"病気"だ。

 ーーただし、この世界に薬があれば、の話だが。

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