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火刑台の薬剤師 〜異世界で魔女にされた病院薬剤師は、薬学で呪いを解く  作者: 大棗ナツメ
第1章

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15 血の伯爵夫人2

「馬車で二日!?」

 遥香の声が辺りに響き渡った。


 五時間で尻が限界を迎えた記憶が、頭をよぎった。しかも、道中は盗賊も出るらしい。


 悶々としていると、レオニスが静かに言った。

「馬だったら1日で境界の街まで行けるが……」

「……え?」


「近頃、隣の領との境の街で、女性が失踪する事件が起きている。調査で向かう予定だ」

「一緒に、行ってもいいんですか?」

「ああ」

「……!」

 遥香は目を輝かせた。


 ******


 当日。


「え?」

 小屋の前に立つレオニスの隣には、馬が一頭。

「あれ? 馬が……」

 遥香が震える指で、黒い馬を指差す。


「ああ、俺と一緒に乗る」

 レオニスは淡々と言う。

「えええっ!!」

 どうやら、尻の痛みと、もう一つ我慢しなければならないことが増えたようだ。


「行くぞ」

 その言葉を合図に、二人を乗せた馬は勢いよく走り出した。

 森を抜け出口門付近まで来ると、騎士団の姿が見えた。


「これより、隣領の境の街で発生している女性行方不明事件の調査に赴く」

「はっ!」

 レオニスが右手を軽く上げると、一行は駆け出した。


 緩やかな丘陵を越えると、足元は岩場に変わった。揺れる馬に遥香の体がふわりと宙に浮いた。

「っ——!」

 その瞬間、レオニスの腕が腰を抱きとめ、遥香を胸元に引き寄せた。

「体を預けろ」

 低い声が、遥香の耳元で響いた。


「ちょ、ちょっと、近……!!」

「無理に自分で支えると落ちる」

「い、いや、む、無理です!もう、許してくださいっ!」

 遥香は思わずそう叫んだ。


「……許す?」

「なんでもないですっ!!」

 レオニスは小さく笑い、それ以上追及はしなかった。


(まさか、確信犯なのでは……)

 遥香は涼しい顔で前を向くレオニスを睨んだ。


 ******


 町並みがはっきり見えてくると、馬はゆっくりと速度を落とした。


 レオニスは馬から降り、振り返って遥香に声をかける。

「着いたぞ」

 言い終わるか否かで、膝下を支えられ、ふわりと体が浮いた。

「ひぇっ……」

 情けない声が出た。


「立てるか?」

 レオニスは遥香を抱えたまま、静かに問いかけた。

 慣れない馬に長時間乗った遥香の足は、ガクガクと震えていたが、遥香は即答した。

「立てます」

 レオニスは一瞬だけ目を瞬かせ、それから――ほんのわずかに、笑みに似た表情を浮かべた。


(……反則)

 その美しい表情に、また心臓が暴れ出した。


 ここからは隣の領まで、乗合馬車で向かう。

「で、では、私はこれにて失礼します。」

 遥香はそう言って、そそくさと歩き出そうとしたがーー

「待て、遥香」

 即、レオニスに止められた。


「……は、はい?」

 恐る恐る振り向く。

「クリスと共に行け」

 その横には、笑顔の副官クリスが立っていた。

「僕も同行しますよ」


「え、いや……申し訳ないので……」

 遥香がそう断ろうとするとーー

「実はですね、この失踪事件、隣の領の貴族が関係してるって噂がありまして……」

 クリスはヒソヒソと口に手を当て言った。

「貴族……」

「僕はその調査に行くついでなので、気にしないで下さい」

 そう言い、クリスは軽くウィンクした。


(なるほど)

 目的地が同じなら、断る理由はない。

「……お願いします」

 遥香は素直に頭を下げた。


 町を抜けると、道は舗装もまばらな土道へと変わっていった。

 乗合馬車はガタガタとよく揺れたが、馬の背でレオニスと密着しながら一日揺られ続けた遥香にとっては、もはや誤差だった。


「馬車って、なんて素晴らしい文明……!」

 遥香は感極まったように天を仰ぐ。

「そこまでですか?」

 向かいの席で、クリスがくすっと笑った。


 馬車はあっという間に隣領の町に着いた。

 中心部に入っても人はまばらで、町は閑散としている。

 そして、若い女性の姿は一人も見当たらなかった。


「人が、いませんね……」

 遥香はキョロキョロと辺りを見渡す。

「少し、聞いてきます」

 そう言うとクリスは聞き込みに向かい、遥香はパン屋の前で待つことになった。


 ぼんやりしていると、パン屋の奥からひそひそと話す声が聞こえてきた。

「また、マークさんとこの娘さんがいなくなったんだって」

 パン屋の女将が、パンをトングで掴みながら言う。


「えっ? 本当かい? 一昨日、アレクさんとこの奥さんが消えたばかりじゃないか」

 年配の女性客が、身を乗り出す。


「なんでも……伯爵夫人が娘を集めて、血を吸ってるんだって」

「ちょっと!」

 パン屋は慌てて口元を押さえ、声を潜めた。


「しっ! めったなこと言うもんじゃないよ! 貴族様のことを悪く言ったら……!」

(……え?)

 遥香は、思わず聞き耳を立てる。


「その話、聞かせてください」

 気づけば、声をかけていた。

「えっ?」

 二人は驚いたが、しばらく顔を見合わせ――観念したように話し始めた。


「町の小高い丘の上に、伯爵夫人が住んでる城があるんだけどね」

「最近、若い女ばかりがいなくなってるんだよ」

「もう……五十人近く、消えてるって話さ」

「……五十人!?」

 遥香の声が閑散とした街に響いた。



 その後ろ、閉ざされた窓の内側で、二つの目がこちらをじっと見つめていた。

 その足にはーー無数の痣が浮かんでいた。

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