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火刑台の薬剤師 〜異世界で魔女にされた病院薬剤師は、薬学で呪いを解く  作者: 大棗ナツメ
第1章

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13 悪魔の回転椅子4

 日が傾き、街がオレンジ色に染まる。

 屋敷に迎えに来たレオニスと、街の広場を抜け、遥香は帰路に就いていた。


「今回も助かった。礼を言う」

「いえ、原因がわかって良かったです」

 遥香は笑顔で、そう返した。


 レオニスが少し歩みを止め、真剣な表情で尋ねた。

「原因は、何だったんだ?」


 遥香は少し息を吐き、夕陽に染まる街を見渡した。「うーん、悪魔の果実、と……」

「と……?」


「その果実を載せていた皿でした」

 レオニスの眉がぴくりと動いた。

「皿?」


「はい、ピューター製の皿です。悪魔の果実の酸と反応して、鉛が溶け出していました」

「鉛が……?」

「そうです。それを毎日食べ続けた結果、息子さんは鉛中毒になっていたんです」


 レオニスは静かに頷き、少し肩の力を抜いて言った。

「やはり、君に頼んで良かった」

「いや、たまたまですよ……!」

 遥香は少し顔を赤らめ、肩をすくめた。


 広場の中央に差し掛かると、何やら人だかりができていた。

「何でしょうね?」

 遥香は催し物だろうか、と首を伸ばす。

 だが、レオニスはさっと顔色を変え、遥香の目を手で覆った。


「え、レオニスさん……?」

 レオニスの長い指の僅かな隙間から、黒い服を着た老婆が太い木の柱に後ろ手に縛り付けられているのが見えた。

 足元には藁が敷かれ、その前には人々が群がっていた。


「……えっ」

 遥香は目を疑った。

 その老婆に見覚えがあったからだ。

(あの人……喘息の子の時の……)


 白い服の男性が声高々に言う。

「この魔女は悪魔と契約し、黒魔術を使い隣人の子供を呪い殺そうとした。よって火炙りに処する」


 言い終わると、藁に火がつけられた。

 ぱち、ぱち、と乾いた音を立てながら炎が藁に移り、老女の足元に燃え広がる。


「っ……!」

 遥香は息を呑んだ。炎の光がレオニスの指の影を揺らす。


「見なくて、いい。」

 低く、押し殺した声だった。

「な、な、何をしているんですか……?な、なんで……!!」

「“火刑"だ」

 レオニスの手がわずかに震えた気がした。


「ここでは、異常な事が起きると、何者かが“魔術”を使ったとされる。あの女性は……疑いをかけられたのだろう」

 遥香は、エルダの小屋へ来た喘息の親子の事を思い出した。あの時、魔女に呪いをかけられたと父親は漏らしていた。

「そんな、和解できたと思ってたのに……っ」


「魔女を殺せぇぇ!」

 群衆は狂気じみた歓声を上げている。

 パチパチという音と共に炎が柱を包み、老婆の叫びが空に裂ける。

「ワァァァァ!」

 群衆はそれを歓声でかき消した。


 目の前に広がる凄惨な光景に、遥香の膝は力を失いかける。

「はあっ……」

 肩で息をするが、空気が上手く肺に入らない。


「行こう」

「で、でも……もう……助けられないんですか……?」

 レオニスは遥香を見下ろし、静かに首を振った。

「助ければ、俺たちも“魔女の仲間”だと見なされる。それに、もう……あの女性は……」

 遠くで、パチ、と何かが弾ける音がした。


(あの人のせいじゃないのに……っ!)

 悔しさが喉元まで込み上げる。


 だが、それを言う暇もなく、歓喜に満ちた人々がどっと広場に押し寄せてきた。

 レオニスはその場から遥香を連れ出し、群衆から遠ざけた。


 森へ続く小道へ入ると、そこはさっきまでの喧騒が嘘のようにしんと静まり返っていた。

 ただ、木々の揺れる音だけが響いている。


 遥香は震えが止まらなかった。

 人が焼かれる瞬間など初めて見たのだ。

 焼け焦げる匂いが鼻について未だに消えない。


 レオニスは地面に膝をついて、遥香の背に手を添えている。

 何も言わず、ただそっと——その静けさが遥香には救いだった。


 しばらくして、遥香はゆっくり立ち上がった。

(……泣いては、いけない)

 慰めを求めるだけの、悲劇のヒロインにはならない。

 涙は甘えだ、と自分に強く言い聞かせる。


 立ち上がった遥香をレオニスは見つめる。

 その瞳には少し驚きが混ざっていた。


「……歩けるか?」

 レオニスの言葉に、遥香はしっかりと頷いた。

「はい……もう、大丈夫です」

 足はまだ震えていたが、隠すように立つ。

「……そうか」

 レオニスは目を細め、遥香の足を見た。

 だが、何も追及はせず、ただそっと遥香の横に立った。


 ふと、レオニスが口を開いた。

「怖かった、だろう」

 遥香は少し考え、ゆっくりと答えた。

「……そうですね。でも、それよりも悔しかったです」

「悔しい?」

「呪いで人が死ぬことは、ありません」

 遥香はきっぱりと断言する。

「あの人は、罪を着せられて命を奪われました」

「……そうだな」


 *******


「どうしたんだい!?」

 エルダが青ざめた遥香の顔を見て、驚きの声をあげる。

 遥香は僅かに口角を上げ、「大丈夫です」と告げる。


 2階へ上がり、ベッドに飛び込んだ。

(……もう、眠ってしまいたい)


 そう思い瞼を閉じても、パチパチと燃える炎の光は消えず、心に焼き付いて離れなかった。


(私に、出来ることをしよう)

 遥香は決意した。

 魔女とされた人々が少しでも救われるように。



 呪いではない。病だ。

 だから私は、薬剤師としてこの世界に抗う。

 ーーたとえ、その炎がいつか私に向けられるとしても。

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