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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第1章

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11 悪魔の回転椅子2

 夜も更け、治療は明日からということになった。

 しばらくはこの屋敷に通う必要があるだろう。


「……はぁ」

 森への道を歩きながら遥香は思わずため息をついた。

「疲れたか?」

 隣を歩いていたレオニスが気づく。

 歩みを遥香に合わせて緩めてくれる。


「はい、少し」

 少し、じゃない。ほとんどあなたのせいですよ、と言いたいのをぐっと飲み込む。


 レオニスはそんな胸中を読み取ったかのように、一言だけ短く言った。

「すまない」

 だが、相変わらず涼しい顔で、少しも申し訳なさそうではない。


「……まぁ、いいですよ、久しぶりに美味しい物も食べられたし」

 遥香は不貞腐れながらも、先程の晩餐を思い出してそう言った。


 この時代へ来てからというもの、食事といえば乾いたパンにスープだけだった。

 食べられるだけありがたいのだが、やはり現代育ちの舌と心には少々堪えるものがある。


「あのケーキ、美味しかったなぁ……」

 遥香はうっとりと呟き、口元が自然と緩む。

「……ふっ」

 隣を歩くレオニスが、珍しく微かに笑みを浮かべる。


(食い意地が張ってると、思われたかな)

 気恥ずかしくなった遥香は、咳払いをして話題を変えた。

「ゴホンッ、あの商人、ヨハンソンさんとは親しいんですか?」


「いや、そういうわけではない。騎士団に出資している商人の一人、というだけだ」

 レオニスは淡々と答えた。


「ヨハンソンさんは、息子さんのことが心配、というよりは……」

 そこまで言って、遥香は言い淀んだ。言葉に出して良いものかと迷っているとーー


「家の体面を気にしているのだろう」

 レオニスが静かに続けた。

「やっぱり、そうですよね」

 遥香は小さく息を吐き、少し肩を落とす。

(息子よりも、商売や名誉のほうが大事なんだ)

 複雑な気持ちになる。


「残念ながら、そういった親もいるのが現実だ」

「はい」

 椅子で回される息子の姿を思い出し、遥香は胸が重く締め付けられる。

「だが、息子には何の非もない」

 レオニスは前を向いたまま、静かに続ける。


(そうだ、あの商人は、正直いけすかないけど、息子さんは関係ない。助けることだけに集中しないと)

 遥香は小さく拳を握り、気を引き締めた。


「この件が解決したら、いくらでもケーキを買おう」

 レオニスは表情を変えず淡々と言う。

 だが、声の端に微かにからかいが混じっているのが分かった。

「……っ!? い、いえ!いりません……っ!」

 遥香は、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


 彼はその様子にほんの少しだけ表情を緩める。

 森の夜風が二人の間を吹き抜け、遠くで虫の声がチリチリと響いた。


 やがて、木立の合間からエルダの小屋の灯りが見えてきた。

「遥香!」

 小屋に着くと慌ててエルダが出て来た。


 遅くなった為心配をかけてしまったのではないかと思ったが、どうやら違うようだ。

 エルダは何やらニヤニヤしている。


「まさか、副団長に送ってもらって帰ってくるなんてねぇ!」

「っ……!」

 遥香は反射的に振り返る。


 レオニスは少し後ろに立ち、変わらず涼しい顔で月明かりを浴びているだけだった。

「ち、違っ! ただの帰り道で、えっと、仕事で!」

「送っただけだ」

 レオニスが静かに補足する。


「はいはい、わかってるよ!」

 と言うが、エルダはちっとも分かっていない。

「分かってない!!」

 たまらず遥香が叫ぶ。


「薬師殿、しばらく遥香を借りることになる」

 追い討ちをかけるように、レオニスはエルダにそう言った。

「ええ、ええ、いつまででも、どうぞ!!」

 エルダは目を輝かせて言う。


「っ……や、ややこしい言い回しをしないでくださいっ!」

 思わず声を荒げる遥香に、レオニスは微かに表情を緩めて淡々と告げる。


「明日、また迎えに来る」

「む、迎え?」

 自然すぎるその言葉に、遥香は返事を飲み込んだ。


 レオニスは二人を一瞥すると、月明かりの中へと振り返った。


 *******


 翌朝。

 レオニスは言葉通り迎えに来た。


 ハンスは急患が入ったようで、来られないらしい。

 "逃げたな"と、遥香はハンスに恨みの念を送っておく。


 昨夜歩いた道を、今度は街に向かって並んで歩く。

 遥香は他愛のないことを話した。

 レオニスは口数は少ないが、遥香の話を聞いていることだけはよくわかった。

 ときどき短い相槌を返しながら、彼の栗色の瞳がわずかに柔らかくなる。


(この人、感情が出にくいだけで、優しい人なのかも)

「そうか」

 彼は短くそう返すだけなのに、なぜかその一言で十分に会話が成り立っている気がする。

 遥香は歩きながら胸の奥がくすぐったくなるのを誤魔化すように、小さく息を吐いた。


「では、また後で」

 レオニスは商人の屋敷に着いた途端、そう言った。

 騎士団の仕事があるようで、遥香1人を残して颯爽と引き返して行った。


(……前言撤回!)

 遥香は怒りで震える拳をなんとか収め、深く息をつく。


 執事に案内され青年の部屋に足を踏み入れると、今日は医師が青年に水を浴びせ掛けていた。

 どうやら、昨日の回転療法が効かなかった為、違う療法を、とのことらしい。


(えっ、なんか、昨日より拷問度上がってない?)

 遥香は呆然と立ち尽くす。


 ーーバシャッ

 哀れな青年は、頭から足の先までびしょ濡れになっている。


 さて、どこから手をつけるべきか。

 原因は今のところ皆目見当もつかない。屋敷を案内してくれる執事に、廊下を歩きながら話しを聞いた。


「旦那様も昨日おっしゃっていましたが、1ヶ月程前から、坊ちゃんはおかしくなりました」

「1ヶ月前に何かあったんですか?」

「いいえ、特には。普段通り過ごされていたと思います」


(転機もなし、か)

 遥香は歩きながら、唸った。


 廊下を進んでいると、使用人達が床を拭き掃除している姿が見えた。

「坊ちゃんがあちこちに唾を吐きかけるので、日に何度も掃除をしなければならないのです」

 執事はため息をつき、続けた。

「支えないと床を這うように移動されるので、怖がって辞める者も出ています」

 状況は深刻のようだ。


 厨房に入ると、ちょうど昼食の用意がされていた。

 料理人たちは美しい白銀の皿に料理を盛り付けている。今日も一皿だけトマトが載っている。


 遥香がじっと見ていると、

「ああ、坊ちゃんの大好物なんです」

 執事が眉をひそめつつ、小声で教えてくれた。


 (何か、いけないことを聞いたかな……?)

 不思議に思ったが、軽く相槌を打ち厨房を後にした。



 その光景は、あまりにも日常的で、あまりにも整っていた。

 だからこそ――遥香は、そこに疑問を抱かなかった。

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