記録4-2容量無限のロバ(運び屋)? 矢の重量制限を無視した十歳児の非主流な生存戦略。
ギルドに戻ると、マリーさんはギルド併設の小さなカウンターで、ビールを一杯一気に飲み干した。 ぷはぁー、と小気味よい音を立てて木製のジョッキを台に叩きつけると、彼女は俺を指差して言った。 「前に分析してあげたわよね。どんな能力を覚醒させたら、あんたが冒険者に向かいないかって」
能力覚醒の儀式に行く前、マリーさんは俺に予防線を張っていた。どんな能力が出たら冒険者を引退すべきか、と。
そうなれば俺は「十歳で引退した元冒険者」になり、転職先で同僚に「昔は優秀な冒険者だったんだが、膝に矢を受けて……」なんて吹聴することになる。 マリーは、もし覚醒したのが天賦才能型だったなら、その後の道を整えてやると明言していた。
だが、今回俺が覚醒したのは魔法や特殊スキルに近いタイプのはずだ。なぜ彼女はまたその話を持ち出すのか? 彼女が二杯目のビールを注ぎ、また一気に飲み干すのを眺める。
「いい、私は身体能力と魔法のハイブリッド型。冒険者としては理想的な覚醒よ。それに対して、あんたの能力は冒険者の間じゃ『道具箱』って呼ばれるものなんだけど、意味わかるかしら?」
わかる! 痛いほどわかる! いわゆるストレージだろ。俺の大好物な能力の一つだ。
「その能力は、冒険者に不向きなんですか?」 ああ、三杯目だ。ビールで落ち着こうとするのはやめてくれないか。
「能力の覚醒を見れば、その人に魔法の才能があるかどうかが分かるって言ったでしょ? もしあんたが元素能力……今日のあの子みたいに炎を出せたりすれば、たとえ他の魔法が学べなくても炎系魔法なら確実だった。だけど『道具箱』は魔法といっても、分類上は『特殊スキル』に近いものなのよ」
「なぜです?」
「道具箱を開くっていうのは、魔力を燃焼させて他の元素を弾き飛ばし、空間の入り口をこじ開ける行為なの。特殊な魔力の使い方なのよ。つまり、あんたには魔力はあるけれど、元素を操ることはできないってことが確定したわけ。魔法使いなら同じ方法で道具箱を使えるけど、天生でその能力を持って生まれたあんたは、魔力の使い道を後から変えることができないのよ」
「元素を燃焼させられるなら、その方法で魔法攻撃を防げたりしませんか?」
「意外と反応が早いわね。でも、それは不可能よ。……正確には理論上は可能だけど、成功した奴は一人もいないわ」
「どうして? 魔法は元素から生成されるものじゃないんですか?」
「いい? 魔法は確かに元素から生成されるけど、それは元素が変化した後の『現象』なのよ。例えば一番単純な土系魔法の『石弾』。あれは土元素で石の塊を作って射出する。狙われたあんたに見えているのは土元素じゃなくて『石』という実体なの。実体のある攻撃は防げないわ」
「じゃあ炎系魔法は? 形のないものは元素に支えられているはずだ」 マリーさんは首を振った。
「考えが甘いわ。火球を例にとるなら、確かに火元素の凝縮だけど、火球がもたらす『焼灼ダメージ』を無視してる。火球そのものを消せても、その熱までは消せないのよ」 さすが上位冒険者、俺が思いつかなかった盲点を一瞬で突いてきた。
「それでも、記録員は続けられますか?」
「まあ……それが一番の悩みどころなのよね。現役にもそういう能力者はいるけど……ああもう! 煩わしいわね! 明日までに考えておくわ。子供はさっさと寝なさい、ここからは大人の時間よ」
なんだよ大人の時間って。男もいないのにこんなに早く寝かせて何をしようっていうんだ。この世界にもホストクラブでもあるのか?
部屋に入る直前、ふと思いついた。 「さっきエナさんが、俺は商人に適してるって言ってたのはどういう意味ですか?」
「考えても見なさいよ。荷物の運搬にその能力を使えば、何を運んでいるか誰にもバレないし、紛失の心配もない。容量は能力の強さ次第だけど、荷馬車がいらなくなれば移動速度も格段に上がるわ」
「それって、密輸し放題ってことじゃ……」
「国がそんなにバカなわけないでしょ。ほら寝た寝た!」 俺は無言でマリーの蔑むような視線に応えた。
ベッドに横になっても、どうしても眠れなかった。 今日の情報量は多すぎて、整理が必要だ。 俺のこの世界での能力は四次元ポケット……サイズについては実験してみないと分からない。 俺は起き上がり、部屋の中で空間に押し込めそうな物を探した。
「レちゃん、何してるの?」 レシーナが不思議そうにこちらを見ている。
「今日得た能力を試してみたいんだ。どれくらい物が入るのか知りたくて」
「そんなの、ナナが教えてあげるよ」
「えっ!」
「レちゃんの泡、すっごく大きいよ。一つの世界みたい」
「泡?」
「虚空の中で、人間が魔法や能力で占有してる空間はね、泡みたいに見えるんだよ。大きい泡もあれば小さい泡もあるけど、レちゃんの泡は今まで見た中で一番大きいよ」
「待て、お前……他の奴らの泡も見えるのか? それで大きさが分かるのか?」
「うん。他の泡はね、ガラクタがいっぱい詰まってるよ」
「……それ、他人の持ち物を盗めたりしないか?」 おいおい、もし虚空の龍がストレージの中身を知ることができるなんてバレたら、人類に絶滅させられるまで狩られるぞ。
「それは無理だよ。ナナが無理やり入ったら、泡が割れちゃうもん」
「でも、俺の泡は世界と同じくらい大きいって……それ、どうやって判定してるんだ? 何かの間違いじゃ……」 儀式中の出来事を考えると、レシーナは俺の空間に自由に出入りできるようだが。
「ナナもわかんない。でも伝承の記憶にある一番大きな泡でも、レちゃんの半分くらいだったよ。確か、いつかの勇者様の空間だったかな」 つまり俺が転生して十年間苦労した結果、女神様がくれたチートは「無限の空間」と「龍族の幼女」ってことか?
ゲーム風にステータスを表すなら、きっとこうだ。
名前:レスト 種族:人間
スキル:なし
ステータス:低
積載量:無限
冗談だろ! 積載量無限って、異世界に来てまで運び屋になれってか? 前世ですらそんな仕事したことないぞ! ダメだ、水を飲んで落ち着こう。 部屋を出ると、さっき大人の時間だなんだと言っていた奴が、カウンターに突っ伏して寝ていた。
大人の「おやすみタイム」ってことかよ。 毛布をかけてやる。ヨダレを垂らしてテーブルを濡らしている姿に、イメージもへったくれもない。 俺のことを真剣に考えると言っておきながら、一瞬で寝落ちかよ。大して悩んでないな。
まあ、冒険者になること自体が人生の目標だったわけじゃない。能力がイマイチでも生きてはいける。エナさんが言った商人への道も、案外悪くない選択肢かもしれない。 そんなことを考えながらあくびをし、部屋に戻った。今日はレシーナという柔らかい抱き枕を抱いて眠ることにしよう。
翌日── どれくらい眠っただろうか。目が覚めると、横で丸まって寝ていたはずのレシーナが、俺の胸の上にべったりと乗っかっていた。 多少の圧迫感はあるものの、意外と重くない。さすがはロリの三拍子(?)。
熟睡しているレシーナをどかし、一日の仕事を始める。 まずは、カウンターで寝ているマリーを叩き起こし、奥で顔を洗わせてくる。 それから昨日の残骸を片付け、ようやくギルドの重い扉を開く。 外で待っている人数からして、今は昼食時を少し過ぎたあたりだろう。
冒険者ギルドがこんなに遅く開くことは普通ないが、エコロ村は別だ。 俺が来るまで、マリーは「自分が満足いくまで寝てから働く」というスタンスで冒険者たちに接していた。 平均ランクがB級やC級のエコロ村において、彼らにとってのマリーは神に等しい存在だ。
俺が加入して初めて「午前営業」という言葉がこのギルドに生まれたと言っても過言ではない。
「レストくん、この任務受けられるか見てくれないか?」
「これはC級任務ですね……俺には受理する権限がありません」
「そんなこと言うなよ、融通利かせてくれよ。D級記録員のあんたなら、C級任務も見慣れてるだろ?」 一人のC級冒険者がニヤニヤしながら、C級の少数討伐任務の依頼書を差し出してきた。 内容は最近現れたゴブリンの群れ。通常二、三体で一組の行動だ。C級冒険者には容易な任務だろう。 だが、俺にはD級までの受理権限しかない。越権行為をして彼の安全に責任を持つつもりはない。
「やっぱりダメです、ハクさん。この任務を受けたいならマリーさんに申請してください。確か先週C級に上がったばかりでしたよね? いきなり天国まで昇格したいんですか?」 彼の安全のため、プロ意識を持って阻止する。
D級以下の任務には討伐系がほとんどない。だからC級に上がったばかりの冒険者は新鮮さを求め、最初の討伐任務で命を落とすことが多いのだ。
「なんだよ、つれねえな」 ハクは去り際、マリーは鬼だのなんだのと文句を言っていた。 いいけど、そういうのは小声で言いなよ。マリーさんに伝えといてあげるから。
「次の方!」
「…………」
俺の権限内で出せる任務を処理し終えると、マリーさんがすっきりした顔で受付にやってきた。 受付の席を彼女に譲り、俺はお茶を啜って束の間の休息を楽しむ。 これこそが俺の夢だ。任務に行かず、受付で口を動かすだけの職業。歌唱能力でもあれば二曲くらい披露してやるんだが。
だが現実は──
「レスト、これが今日の課題よ」 マリーさんは赤い表紙の本を俺に渡した。
「自分で研究しなさい」 騒がしいロビーを離れ、自分の部屋へ戻る。 レシーナはまだ深く眠っている。幼龍は睡眠時間が長いという話は本当らしい。 ベッドの縁に座り、本を開く。 それは武技、武器、そして強化魔法についての紹介本だった。
どうやらマリーは、俺が強化魔法を利用することで、身体強化能力者に近い身体能力を得られると考えているようだ。俺は元素系魔法が使えないだけで、魔力そのものを使う強化魔法なら学習できる。
本にはこの世界で主流の武技とそれに付随する武器が多種多様に記されていた。俺はどれが自分に適しているか、一つずつ吟味する。 前世の小説の主人公なら、きっと自分で銃器を作るんだろうな。 銃か、万能だよな。でも今はグーグル先生がいるわけでもないし、俺に作れるはずもない。 個人的な好みで言えば、武器はレイピアが好きだし、剣道への憧れもある。もし俺が勇者クラスのスペックなら、間違いなく剣士系を選んでいただろう。
だが現実を見よう。俺は今、積載量無限の村人Aだ。 「弓」だな。金さえあれば、俺には矢の重量制限なんてない。 弓なら大学時代に少しかじった。二十メートル以内なら人型に当てる自信はある。クロスボウなら五十メートル以内でも狙えるだろう。
それに強化魔法でそこを補助できる。 こうしてメイン武器を決め、ギルドが閉まった後、マリーと結果を相談した。
「ロングボウねぇ……また非主流なものを選んだわね」
悪いな、俺はゲームでもあまり主流のジョブは選ばないんだ。
「記録員は最前線に出るわけじゃないですし……」
「そう言うけど、昇級試験は一人でこなさなきゃいけないって分かってる?」
「討伐型の任務を受けなければいいんでしょう?」 そうだ。冒険者の任務は大まかに「討伐」と「非討伐」の二種類に分かれる。 非討伐には探索、採取、情報収集などがあり、その方面で傑出した記録員も同じように昇級できる。
「まあ、それもそうだけど……。マリーの弟子がねぇ……。まあいいわ。攻撃力なんて、そのうち装備で補強すればいいんだし。平民が聖剣を持って裸の勇者を斬り殺すことだってできるんだから」
うわあ、なんて精緻な「課金理論」だ。あんたもしかして転生者じゃないのか? なんだか周りが地球人だらけな気がしてきた。
「ところで、俺の能力の応用と空間の広さについてですが」
「ああ、それね。何を詰め込むかは自分で考えなさい。弓を選んだなら矢かしらね。広さは人それぞれだけど、成長とともに大きくなることもあるらしいわ。一般的には倉庫一つ分くらいあれば十分なレベル。その点、あんたは問題ないわよね?」
「……ええ、問題ないです。それ以上ですから」
「なら文句ないじゃない。広ければ広いほど、将来の素材集めに役立つわよ」
問題なのは広すぎることなんだが……。 「そうそう、その空間には無機物しか入らないわよ。それから、中の時間は停止……入れた時の状態のまま保存されるわ。忘れる前に常識を教えておくわね」 どうやらそのあたりの設定は、俺の知っている知識と同じらしい。
「冒険者ギルドの記録員としての道を諦めないっていうなら、明日から昇級を目標に鍛えてあげるわ」 「えっ、諦めるっていう選択肢があったんですか?」
「さっきの本を渡したのは、適応できるかどうか見極めさせるためよ。でも、あんたは弓で生きていくって決めたみたいだしね」 ちょっと待て、この人の言い方。俺たち、もう一度じっくり話し合う必要があると思う。
「あの……」
「明日は武器を用意してあげるから、楽しみにしていなさい」 この「二次職」を選べるタイミングで、俺はまた、本来の夢の方向から遠ざかってしまった……。




