記録4-1「素敵な商人になれるわ」……って、俺は事務職希望なんだが? 史上最も「攻撃的」なアイテムボックスの誕生。
儀式の時間までまだ間があるが、修道院にはかなりの人が集まっていた。 今日で十歳になる、あるいはすでに十歳になった子供たちとその保護者たちだ。 能力というものは、この祈りの儀式を経ずとも覚醒はする。だが、儀式を通して女神の祝福を受けることで、能力が悪魔にすり替えられるのを防げると一般的に信じられている。
この感覚、俺にはよく分かる。要するに、ソーシャルゲームのガチャや装備強化にまつわる都市伝説みたいなものだ。
修道院に数人しかいない修道女たちが忙しそうに立ち働いているのが見える。
エナさんが人混みの中から俺を見つけたが、あまりの忙しさに二言三言かわすこともできない。それでも、彼女からの慈愛に満ちた視線はしっかり受け取った。
この五年間、任務がない時はいつも様子を見に戻っていたのだが、最近は忙しくてかなり長い間顔を出せていなかったからな。
能力の種類については、以前マリーさんから多少聞いていた。だが正直なところ、能力の分布はあまりに広く、前世で思っていたような超能力というよりは、もっと「天賦の才」に近いものらしい。 例えば「算術」も能力の一つだ。
これを持つ者は、膨大な数字の加減乗除を暗算で難なくこなせるという。俺が算術を見せた時にマリーさんが驚かなかったのはそういう理由だ。
こうした天賦型の能力は最も覚醒する例が多いのだが、それこそがマリーさんが俺に一番引いてほしくないハズレ枠だった。 残りのタイプは「身体強化型」「魔法型」「特殊スキル型」だ。
この三つのうちどれかを覚醒させなければ、冒険者記録員としての仕事を続けることはできない。さもなくば、マリーさんから即座に離職を命じられ、覚醒した能力に見合った別の道を探すよう言われることになっている。
時間の経過とともに、修道女たちが覚醒を控えた子供たちと親たちを引き離していく。 親たちの顔には一様に不安の色が浮かんでいた。
マリーさんに目を向けると、彼女までもがその性格に似合わぬ心配そうな表情を見せている。
「皆様、その場に胡坐をかいて座ってください。体の力を抜き、頭を少し下げて、右手を心臓に当ててください。目を閉じ、女神様に祈りましょう。女神様が私たちに能力を授けてくださいますように」 やはりエナさんが儀式を執り行うようだ。
彼女は白い長杖を掲げている。杖の先には透明な水晶が嵌め込まれており、彼女特有の柔らかな声が儀式の幕を開けた。 直後、強烈な光が射し込んできた。目を閉じているはずの俺は、真っ白な世界の中にいた。
「ねえ! ねえマリー、レちゃん(レスト)は何してるの?」 レシーナはレストがじっと動かないのを見て、突然俺の裾を引っ張った。
「彼は今、人間の能力覚醒を行っているのよ」
「じゃあ、レちゃんの隣に座ってもいい?」
「ダメよ! 今は邪魔をしちゃいけない時間なの」 レシーナは好奇心いっぱいにレストの方を何度も覗き込んでいる。おそらく、自分の入る隙間がないか探しているのだろう。その姿はとても愛らしいが、今はたとえ触れずともレストを妨害してほしくなかった。
正直なところ、レシーナに対する俺の感情は言葉にするのが難しい。 彼女は龍だ。今は人の姿をした幼女だが、本体は龍、それも虚空の龍だ。
龍族というものは、人間に友好的であることすら稀で、ましてや親しくなることなどまずありえない。 冒険者の伝承や物語には、人間と龍族が結ばれる話がいくつもあるが、それはあくまでお伽話だ。 人間と比較して、龍はより高位の生命体だ。伝説では人間と龍族の間に生まれた子は龍の姿に戻る能力を持つとされるが、それもまた見た者がいない伝説に過ぎない。
獣人族のオークにとっての第一美女が人間に相手にされないのと同じように、龍族は昔から人間を見下している。
エコロ村に来る前、記録員としての能力を高めるために大陸中を冒険していた頃。 俺は上位の冒険者が龍族の友人を連れているのを見たことがあるが、当事者以外の人間に対して龍族が快い顔を見せることはほとんどなかった。
龍族にとっての人間は、人間にとっての獣人のようなもので、同じ次元の存在ではないのだ。
この大陸では、冒険者の子供でなくとも、レストのように天真爛漫に龍を子犬のように飼ったり、人の姿になったからといって人間扱いしたりするような真似はしない。 今のレシーナだって、ただレストがなぜ動かないのか理解できないだけで、能力覚醒という概念を知らないわけではない。龍族の伝承を持つ彼女は、我々の誰よりも博学なのだから。
それなのに、そんな彼女がレストに対しては異常なまでの執着を見せている。 どこへ行くにも、何をするにも、彼女はレストの傍を離れない。 レストが教える価値観や観念を、彼女は懸命に学ぼうとしている。
レストの言い分では、生まれた瞬間に最初に見たのが俺だったからだという。
一部の鳥系魔獣の調教法にその特性を利用するものがあるのは知っているが、もう一度言う、彼女は龍なのだ。 もし龍族がそんな簡単に手懐けられるのなら、どれほどの労力や物資を投じようと、たとえ龍の谷の龍たちが総出で襲ってこようと、人間たちの幼龍への欲望を止めることはできなかっただろう。 レシーナについては、俺は放任するしかない。
そして彼女の情報を冒険者ギルドに備忘録として報告しておくだけだ。 幸い、レストは完全に彼女の手綱を握っているし、人間としての生活観念を刷り込み続けている。 将来、彼女が龍族であるという情報が漏れ、様々な勢力から狙われる日が来るかもしれない。
だが、レストの覚醒させる能力が「種まき」だの「算術」だの「歌唱」だのといった能力でさえなければ、俺、マリーの弟子をそう簡単にいじめさせはしない。 だから頼むから、本当に歌ったり踊ったりするだけの能力なんて引いてくるんじゃないわよ……。
マリーは緊張した面持ちで、場の中央にいるレストを凝視していた。
うーん……俺は一体、この白い空間にどれくらいいるんだろうか。
俺は同じ方向に向かって、ひたすらゆっくりと歩き続けていた
。 この空間、前世で交通事故に遭った後に迷い込んだ空間に似ている。
あの時も、俺はこんな空間をただ真っ直ぐ進んでいた。半円状の黒いトンネルの前で立ち止まり、意識が戻った瞬間、俺は病院のベッドの上にいた。
後から考えれば、あれはいわゆる「臨死体験」というやつだったんだろう。
でも、今は修道院で座っているだけだ。心臓に手を当てただけでショック死するなんてことはないよな? それとも、これが俺が得ようとしている能力なのか? 分からない……生前はそれなりに迷信深かった俺だが、魔法の世界がどんなものかなんて知りようがない。
だから俺は、一番バカげた方法を試すことにした。大声で叫ぶことだ。
「あー!!! 誰かいませんかー?」 反応はない。
「誰かいないのかーー?」
「レちゃんーー」 空耳か? レシーナの声が聞こえた気がする。
「レシーナなのか?」 純白の空間だというのに、一条の銀白色の光が俺に向かって射してくるのが見えた。
「見つけたよ、レちゃん」 レシーナはあの可愛い生き物の姿に戻り、俺の胸に体当たりしてきた。その勢いで俺は地面にひっくり返る。
「レシーナ、なんでここにいるんだ? ここはどこなんだ?」 レシーナは小さな舌で俺の鼻をぺろりと舐めてから言った。
「レちゃんがどこにいても、ナナには分かるんだよ。虚空の中にいたって見つけ出せるんだから」
「虚空?」
「そうだよ! ここは虚空の龍だけが入れる場所なんだよ。でも、人間の中にも魔法で入ってこれる人がいるみたいだけどね?」 なんだって! 虚空! もしかして俺、空間魔法に縁があるのか?
「俺は今覚醒の儀式中なんだ。どうしてこの空間に入っちゃったんだ?」
「分からないなぁ。でも、レちゃんがもうすぐ行っちゃうのが分かるよ。じゃあ、向こう側で会おうね」 言い終えると、レシーナは一筋の光となって消えた。 どうやら龍族のレシーナといえど、何でも知っているわけではないらしい。
ゆっくりと目を開ける。目の前の光景は少し霞んでいて、意識もまだ朦朧としている。 隣に座っていた子供たちもざわつき始めた。能力が覚醒したのか? さて、俺にはどんな能力が備わったんだ?
「危ない!」 マリーさんの声だ。何かが起きたのか?
声のした方に目を向けると、一人の子供の手から炎が噴き出していた。マリーさんの素早い反応のおかげで、可愛いエナさんに炎が直撃せずに済んだようだ。
儀式を終えた子供たちは次々と立ち上がり、親の元へと戻っていく。先ほどの不思議な体験を興奮気味に語る子供たち。それを聞く親たちの顔には、喜びに満ちた笑顔もあれば、ひどく落胆したような表情もある。これ、まるで入試の合格発表の掲示板前の光景だな。
どうやらあの親たちは、自分の子供がどんな能力を得たのか判別できるほど経験豊かならしい。 その緊張感はマリーさんにも伝染したようで、彼女もまた硬い表情で俺を見ていた。
「どんな能力を覚醒させたの?」
「分かりません」
「儀式の中で何を見たの?」
「レシーナを見ました」 マリーさんはわけが分からないといった風に問い返した。
「どういうこと? レシーナを見た? まさか新しいタイプの能力なの?」
「こっちが聞きたいくらいですよ」
「普通、儀式が終われば自分の覚醒した能力が見えるはずよ。その光景が能力者に使い道を教えてくれる。生まれた時から呼吸ができるのと同じように、覚醒した者は自分がどんな能力を得たのか理解し、自然に使えるようになるものなのよ」
俺が見たのは一面の虚空だった。まさか俺の能力は「虚空に入る」ことなのか? とりあえず見た光景をマリーさんに話すとしよう、この人は見識が広い。
「俺が見たのは、真っ白な空間でした」 マリーさんは眉をひそめ、自分の手首にしていたブレスレットを俺に渡した。
「もう一度、その空間を思い浮かべてみて」 マリーさんの言う通りにしてみると、次の瞬間、ブレスレットが俺の手から消え去った。
「『アイテムボックス』の能力か……」 マリーさんの声には少し落胆の色が混じっていた。とはいえ、少なくとも天賦型のハズレ能力ではないようだ。
「何か問題でも?」
「いいわ……ギルドに戻ってから話してあげる。まずはここを出ましょう」 マリーさんは肩を落として修道院を出ていった。
俺はエナさんに、今回覚醒した能力のことを告げた。 エナさんはただ微笑んで、俺にこう言った。 「レストくんなら、きっと素敵な商人になれるわね」 エナさんのその言葉の意図は分からなかったが、俺はひとまずレシーナの手を引き、マリーの後を追った。




