記録2-2 【誤算】異世界の労働基準法(常識)は、俺の想像よりずっと残酷だ。
私はマリー。年齢は秘密よ。 見ての通り、エコロ村の冒険者ギルドの看板娘……兼、責任者をやっているわ。 お人好しに見えるかもしれないけれど、これでも冒険者ランクはA級。だからこそ、こんな辺境の村の責任者に任命されたの。 ランク判定は持っているけれど、本職は冒険者じゃない。正確には「冒険者ギルド記録員」と呼ぶべきかしら。 記録員は担当するランクの冒険者に同行し、一切干渉せずにその任務の過程を記録するのが仕事。だから相応の実力が必要不可欠なの。 冒険者と違うのは、冒険者が自身の実力や諸条件を総合して依頼を受けるかどうかを考えるのに対し、記録員は依頼主が出した情報と自分の経験を統合し、その依頼の難易度をどう設定すべきかを評定すること。 この工程は厳謹でなければならないわ。難易度を見誤れば、冒険者たちが無駄に命を落とすことになるから。だから記録員の試験は、普通の冒険者よりもずっと厳しいのよ。
あ!! ついつい話が逸れちゃったわね。 言いたかったのは、A級記録員として数多くの冒険者に同行し、大小さまざまな不可思議な事件を経験してきたってこと。 ドラゴンに飲み込まれた男が、ドラゴンの腹を切り裂いて生還するのも見たし、呪いか何かで昼と夜で性別が変わるような案件も見たわ。エルフの長老と接触したり、ドワーフと酒を酌み交わしたり。この村に来る前は、今代の勇者に最も近いと言われる子供にも会ったわ。 一撃で黒龍を退けるその力は、女神の加護を得る前の八歳児だとはとても信じられなかった。
あの子だけでも十分に衝撃的だったけれど、このエコロ村でレストに出会うなんて思ってもみなかったわ。 あんなに面白い子は見たことがない。王国の辺境にある村では、レストのような孤児は珍しくないわ。みんな痩せ細っていて、時折元気すぎる子がいるくらい。 そういう子は、落ち着いた子なら手伝いを始めるし、やんちゃな子なら一日中遊び回る。でも、大抵の子供は主体性がなくて、誰かが先導すればヘラヘラとついていくものよ。 エコロ村に来てから、ギルドに遊びに来る子が全くいなかったわけじゃない。でも、そのほとんどは冒険者に好奇心を抱き、冒険譚に憧れて、あれこれ質問攻めにしたり、武器に触ろうとしたりする子たちだった。彼らの瞳を見れば、そこが「夢の世界」だと思っているのが分かるわ。 冒険者たちも子供にむやみに手を出すことはないけれど、中には気性が荒くて忍耐のない、すぐに怒り出す奴だっている。何度か子供が手荒に扱われるのを見てからは、子供たちを勝手にギルドへ入れないよう注意していたの。
だから、レストがギルドに入ってきた瞬間、すぐに気づいたわ。 彼は他の子と同じ瞳をしていた。それは「夢の世界」を見つめる眼差し。けれど彼の視線は冒険者には向いておらず、武器にも興味を示さなかった。彼はただ、ギルドの運営フローをじっくりと観察していたのよ。 普通の子供とは違うその挙動が、私の好奇心をそそった。 だから、私から声をかけたの。 レストはまだ小さいけれど、受け答えはとても理路整然としていたわ。というより、年齢相応の喋り方そのものが「偽装」であるかのように感じられたし、立ち居振る舞いもかなり礼儀正しかった。 確か修道院には子爵家の令嬢だったシスターがいるはず。その人が教育したのかしら? 何にせよ、実に面白い子だわ。一つ鍛えてあげましょう。弟子を取るのも悪くないわね。 明日が来るのが、少し楽しみになってきたわ。
私はエナ。元はある子爵家の末娘でしたが、今はエコロ村の修道院でシスターをしています。 父が愚かな過ちを犯したせいで、家族で生き残ったのは私だけになりました。 でも、復讐なんて考えたことは一度もありません。ただ平穏に一生を終えられれば、それで十分。 上流貴族たちの醜い争いは本当に恐ろしいものです。私には合わない環境でした。 今はこうして修道院で聖典を読み、身寄りのない子供たちの世話をし、彼らの笑顔を見ているだけで心が穏やかになります。 ここの子たちはみんな良い子です。彼らに素晴らしい未来があることを願っています。 環境は決して恵まれてはいませんが、子供たちはとても元気です。……まあ、やんちゃすぎて頭を抱えることもありますけれど。
でも、やんちゃな子より、静かすぎる子の方が心配になるものです。 レスト君は、この院で一番静かな子でした。赤ん坊の頃から滅多に泣かず、起きている間はいつも大きな瞳を見開いて、じっと周囲を観察していました。泣くこともなければ、笑うこともほとんどない。 声を出す時と言えば、おむつが汚れた時かお腹が空いた時くらいで、誰かが気づけばすぐに静かになります。 彼はそのまま成長しました。赤ん坊の頃と同じく、騒ぐこともなく、他の子と群れることも滅多にありません。最初は何か先天的な欠陥があるのではないかと心配しましたが、結局のところ、彼はただ「手のかからない子」なのだと分かりました。 唯一心配なのは、彼の体でしょう。 レスト君は外で活動することが極めて少なく、暇さえあれば書庫で本を読んでいました。天気が良い日に外に出たと思えば、修道院のすぐ外で空を眺めてぼーっとしている。それが午後いっぱい続くこともありました。 でも、少なくとも外に出る気配はあるのだから、大きくなれば改善されるだろう。
そう思っていた矢先、今朝、彼が「村に行きたい」と言い出したのです。 エコロ村は辺境ではありますが、治安は驚くほど良好です。そのため、私はついつい無意識に承諾してしまいました。 レスト君が去って一時間後、私は後悔に襲われました。 普段の彼の雰囲気のせいで、錯覚していたのです。時々、彼が私よりも大人であるかのように感じることがありました。 だから、彼の頼みを許してしまった。けれど、泥だらけになって帰ってきたガル君たちを見て、私はハッとしました。レスト君はまだ、たった五歳の子供なのです。 ガル君たちはせいぜい近くの森の縁で遊んでいただけですが、レスト君は距離のある村まで行ってしまった。けれど、残された子供たちを置いて探しに行くわけにもいきません。エレナも院長も不在で、私がここを守らなければならなかったからです。 私にできるのは、女神様にレスト君の無事を祈ることだけでした。
ようやく夕暮れ時、修道院の門へと続く道に、小さな人影が見えました。 私は激しく込み上げる感情のまま駆け出し、その影を抱きしめました。 大人の態度で厳しく叱ろうとしたその時、腕の中のレスト君が、私を絶句させる言葉を放ったのです。
「エナお姉ちゃん、お仕事を見つけたよ」
頭の中がその言葉の衝撃で真っ白になりました。 そのまま、機械的にレスト君を抱えて修道院へ戻るのが精一杯で、叱る言葉なんて一つも出てきませんでした。
ああ……加護も得ていない子供がいきなり「仕事ができた」なんて言えば、受け入れがたいのも無理はない。 いや! 現在五歳の俺が労働市場に投入されることの方が、俺としては受け入れがたいんだが。 だが、俺には金、あるいは食料が必要だ。そうしなければ健康に育つ保証がない。今の時点で、栄養不足による身体への影響をひしひしと感じている。このままでは将来、このファンタジー世界で生き残ることなんてできない。 どうやら「五歳児の求職記」というのは、どの世界でも異常なことらしい。
俺に仕事があると聞いた時の、エナさんの呆然とした顔。そして、その後に見せた複雑すぎて読み取れない表情。 それら全てが、これから面倒なことになると告げていた。 案の定、事実を咀嚼し、無理やり自分に納得させたエナさんは、まず俺を椅子に座らせ、大人の理屈をこんこんと説教した。それから、何があったのかを問い詰めてきた。 俺は今日の出来事を「幼児の視点」で再構築して話した。「マリーさんが俺を賢いと言って、手伝ってほしいと頼まれた」という大嘘だ。 当然、そんなことはすぐには検証できない。 けれど、修道院の子供が職に就くというのは一大事だったらしい。エナさんは外出から戻らない院長を徹夜で待ち続け、帰宅と同時に報告した。
翌日になって知ったのだが、一般的に修道院の子供は加護を得てから仕事を見つける。つまり「仕事を持つ」ことは「院を出て独立する」ことと同義なのだ。 加護を得る時期は十歳。能力があるからこそ、自力で生きていく力が備わると見なされる。 それなのに俺はまだ五歳。加護まであと五年もある。そんな俺を院に留めておくべきか、それとも「仕事を持つ者」として送り出すべきか。それは大きな問題となった。 エナさんはこの件で院長と激しく議論し、泣いてくれた。 けれど最後には、院長が「先例を作るわけにはいかない」という理由で、仕事を持つ子供を院に留めておくことはできないと、俺を退院させる決定を下した。
正直、こんな展開になるとは思わなかった。 マリーは「食わせる」とは言ったが、「住まわせる」とは一言も言っていない。これがいわゆる自業自得ってやつか。
「レスト、お別れの日がこんなに突然来るなんて……。まだあんなに小さいのに……」
エナさんの瞳は泣き腫らして真っ赤だった。彼女は涙を堪えながら、俺の服を整えてくれた。
「エナお姉ちゃん、村にいるだけだよ。暇な時は会いに来るから」 「でも……まだあんなに小さいし、加護だって……。冒険者ギルドには変な人がたくさんいるのよ? いじめられたらどうするの?」
エナさんの心配はありがたいが、俺だって自分から火中に飛び込むほど無鉄砲じゃない。心配すべきは未来の雇い主、マリーの方だ。
「大丈夫だよ、エナお姉ちゃん。暇を見つけて帰ってくるから」 「……しっかりやるのよ。あなたは手のかからない子だったけれど、それが一番心配になるなんて思わなかったわ」
最後にエナさんの温かい抱擁を堪能し、俺は異世界での就職の道へと踏み出した。




