記録2-1【五歳児の就活】ギルドの腹黒受付嬢と報酬計算
とりあえず冒険者ギルドへと足を運んでみた。 想像通りだった部分もあれば、少し違っていた部分もある。 想像通りだったのは、やはりムさ苦しい野郎どもが放つ熱気に満ちていて、小説に出てくるような美少女冒険者は絶滅危惧種並みに少ないということ。 想像と違っていたのは、こんな寂れた村のギルドなんて相応の規模だろうと思っていたのに、内装が意外にも高級だったことだ。例えるなら、高級オフィスビルの中に工事現場の作業員が詰めかけているような違和感だ。 ふむ……だが、事務処理のフローはしっかりと標準化されているようだな。
「ボク、ここで何してるの?」
おおお!! これぞギルドの受付美人お姉さん、という感じの人が声をかけてきた。 そこでようやく、俺はこの空間において自分がどれほど浮いた存在かに気づいた。
「パパかママを探してるのかな?」
どうやらどこかの冒険者の子供だと思われたらしい。 もし俺が外見通りの幼い子供だったなら、今頃はガクガクと膝を震わせて言葉も出なかっただろう。 だが、前世の年齢を加えれば、俺の人生経験はこの場のトップ3には確実に入る。舐めてもらっちゃ困る。 周囲の連中からの小馬鹿にしたような視線に刺激されたのか、俺はつい先ほど組み立てたばかりの人生設計を口走ってしまった。
「あの……ここで働きたいんです」
「えっ……」
あらゆる難題をこなしてきたはずのプロの受付嬢も、これにはどう反応すべきか固まってしまった。
「はははは! このガキ、ここで働きたいだってよ!」 「坊主、ママのところへ帰りな。現実の社会は残酷なんだぜ」 「冒険者だと? お前にとって最強の怪物は、せいぜいゴキブリ止まりだろうよ」
予想通り、俺の発言を聞いた冒険者たちから嘲笑が飛んできた。 だがな、ゴキブリは実際そこらの魔物よりよっぽど恐ろしい。できることなら魔王と対峙する方が、ゴキブリを退治するよりマシだ。
「ボク、あのおじさんたちの言い方はキツいけど、言ってることは本当よ。冒険者なんて、能力が目覚めてから考えても遅くないわ」 「違います! 冒険者になりたいんじゃなくて、お姉さんみたいに受付の仕事がしたいんです」 「そうなの……。でも、このお仕事は今のボクには無理よ。簡単そうに見えて、読み書きと計算ができないといけないんだから」 「文字は読めるし、計算もできます」 「……じゃあ、ちょっと試してみようかしら。お名前は何ていうの? ボク」 「レストと言います。村の外にある修道院の子です」
俺はそう言いながら、床に指で自分の名前を書いた。書く道具はないが、ゆっくり丁寧に書けば伝わるはずだ。
「へぇ! この年で自分の名前が書けるなんて。修道院の子がこれほど教育を受けているなんて驚きだわ」 「……はじめまして、レスト君。私はマリー。一応、この冒険者ギルドの責任者をやってるわ。君の能力は少し分かったけれど、それでもまだ足りない。ギルドがこんな小さな子供を働かせるわけにはいかないの。たとえ勇者の子供だとしても、子供は子供、わかる?」
マリーの言葉は強く、プロとしての厳しさが滲み出ていた。 くそっ、この世界にも児童福祉法なんて面倒なものがあるのか? 中世ファンタジーなら十二歳もあれば大人扱いだろうに。
「一応聞いておくけれど、どうしてここで働きたいの?」
チャンスだ!! (本音:将来、あんたみたいな美人と結婚して安定した生活を送るためです) 「……お金のためです」
「お金? 子供がそんなもの何に使うのよ」 「お金がないと、食べ物が買えません」
マリーは怪訝そうな表情を浮かべ、理解できないといった風に俺を見た。 「修道院には毎月一定の援助が出ているはずよ。餓死するようなことはないはずだけど」 「でも、お腹いっぱい食べられません」
これは嘘じゃない。平等なんてものはどこにも存在しない。平等とは自分で勝ち取るものだ。 シスターたちの前では公平に分け与えられているように見えても、死角では体格のいい子供に食べ物を奪われるのが日常だ。 大人の精神を持つ俺が子供と食べ物の奪い合いをするわけにもいかず、慢性的な栄養不足、さらには格好の標的になっていた。 健康に育つためには、外から食料を調達する手段が必要だった。
俺は前世の入社面談で見せたような強い意気込みを込めて、マリーを真っ直ぐに見つめた。 その視線に、クールな美貌を持つマリーは最初困惑し、次に迷い、やがて何かを決心したように眉を寄せると、カウンターの奥から書類を一束持ってきた。
「……もしこれが理解できるなら、雑用として雇ってあげるわ。お金は出さないけれど、代わりに食事を出す。君が食べられるだけ、いくらでも食べていいわよ」
渡された書類を見て、俺は内心焦った。知らない単語が結構ある。だが、修道院の本で見かけた単語なら問題ない。 数字の部分は理解しやすかった。この世界の数字は地球のアラビア数字に近い書き方と、漢字のような書き方がある。数字の前に頻出する単語を見比べ、同じ単語が同じような金額に対応していることから、報酬の計算書だと推測した。 就職活動で大事なのは、できなくてもまずはハッタリをかますことだ。最悪の結果でも「向いていない」と言われるだけだ。文字は無視して、数字を片付ける。報酬の申請なら、全部足せばいいはずだ。
「……合計で、金貨1枚と銀貨26枚です」
「ほう、どうやって計算したの?」
来たか、定番の展開。驚異的な算数センスで全場を震撼させるシーン。さあ、崇拝の眼差しを向けてもいいんだぞ。
「少ししか読めなかったんですけど、金貨と銀貨の単語が見えたので、冒険者の報酬申請だと思って金額を合計しました」
さあ、来い! 俺の計算能力に驚愕しろ!
「……読めてないわね。だから計算を間違えてる。ま、足し算としては間違ってないし、速いけれどね。これは単純な足し算じゃないのよ。素材が損傷しているから、その分マイナス査定が入っているわ」
どこか得意げに笑うマリーを見て、俺は思った。こいつ、五歳児を相手にマウントを取って楽しいのか? 罠を仕込んだ問題を出すなんて、性格が歪んでるんじゃないか。
「でも……自力で食い扶持を稼ごうっていうその心意気は嫌いじゃないわ。いいでしょう、今回だけ特別よ。明日からギルドで雑用を手伝いなさい」 「えっ! いいんですか?」 「報酬はさっき言った通り、食事よ」 「……ありがとうございます!」
俺はマリーに深く頭を下げた。 ダメ元だったが、意外にも成功してしまった。マリーが同情してくれたのか? いや、あのテストを考えるに、彼女は間違いなく「腹黒」タイプの女だ。明日からはからかわれないように気をつけよう。
ギルドで仕事を見つけてしまったことを、修道院でエナさんにどう説明すればいいのか。五歳の子供が初めて外に出て、いきなり仕事を決めてくるなんて、自分でもメチャクチャな話だと思う。この世界では「よくあること」なのだろうか? 今日の出来事をどうやって合理的に説明するか悩みながら、俺は夕焼けの中、ゆっくりと修道院への道を歩いて帰った。




