記録1-2英雄(ニート)より安定した事務職を。五歳児が目指すギルドの「後方支援」という聖域。
瞬く間に時は流れ、五歳になった。 聖典を読んでいるのがバレて以来、エナさんは時々修道院にある本を読み聞かせてくれるようになった。 そのおかげで、本に書かれた文字はほぼ習得できたと言っていい。これ以上の学習を望むなら、街の学院にでも行くしかないだろう。 この世界に義務教育なんてものがないのは確実だ。エナさんは元々子爵家の令嬢だったらしく、それなりの教養がある。修道院の中で読み書きができるのは、院長を除けば彼女が一番だった。
修道院の中で基礎能力を伸ばすのにも限界が見えてきた。そこで俺は、身体のトレーニングを日課に組み込むことにした。 前世の俺は筋金入りのインドア派だった。運動神経は悪くなかったが、社会に出てからはほとんど運動らしい運動はしていない。たまに友人と球技をしたり体を動かしたりできたのは、学生時代までに貯金していた体力のおかげだ。 基礎を固めることの重要性は、前世で嫌というほど脳裏に刻まれている。
子供というのは、小さいうちは丸々と太っていても、成長期に入るとまるで触媒を加えたかのように急成長し、その脂肪を栄養に変えて、背が伸びると同時に引き締まっていくものだ。 前世の五歳の時の俺も、まさにそんな感じだった。栄養はすべて、あのぷにぷにとした可愛いお腹に蓄えられていた。 だが、今のこの体は、自分でも驚くほど細くて弱々しい。修道院の食事が「死なない程度」を原則に供給されているせいか、栄養を摂取するのが非常に困難なのだ。
俺より一、二歳上の子供たちを見れば、同じような量の食事なのに、朝から日が暮れるまで遊び回り、それでもまだ遊び足りない様子だ。対して俺は、少し長めに運動しただけで息が切れる。これが「機体」の性能差か。身体の強化こそが、これからの最優先事項になりそうだ。
「レスト……お出かけするの?」
初めての「大冒険」に出ようとした矢先、エナさんに呼び止められた。
「うん。ぼくも、村に行って遊んでみたいんだ」
エナさんは少し心配そうな顔をした。無理もない、俺が自発的に修道院を出ようとするのはこれが初めてだからだ。 これまで一つの場所にこれほど長く引きこもっていられたのは、おそらくエナさんのあの温かい抱擁のせいだろう。
「一人で? ガル君と一緒に行かなくていいの?」
ガルは俺より三歳上の少年だ。子供にしては非常に落ち着いていて、年下の面倒見もいい。俺の目には、まるで別の転生者なんじゃないかと思えるほどだ。今、修道院の孤児の中では彼が最年長で、名実ともにガキ大将だった。 ちなみに、十歳を超えた子供たちはすでに修道院を巣立っている。十歳で何らかの能力が目覚めるこの世界では、修道院は能力が覚醒した子をしかるべき機関へと送り出し、学習と成長を促す。まさに「天生我才必有用(天は我に才を授く)」という言葉通り、それが修道院の貴重な経済的基盤にもなっているのだ。
「いい。ガル兄ちゃん、ちょっとうるさいもん」
エナさんの表情が心配から困惑へと変わった。その様子がまた、思わず見惚れてしまうほど魅力的だ。十八歳になった彼女は、あどけない少女から美しい女性へと脱皮しつつあった。
「……じゃあ、気をつけるのよ? あまり遠くへ行っちゃだめだし、村の外の森には絶対に入っちゃだめだからね」 「わかってるよ」
エナさんがこっそり持たせてくれたおやつを手に、俺は村の方角へと出発した。 一度も修道院の外に出たことがなかった俺は、これから目にする世界に胸を高鳴らせていた。 修道院と村は少し離れている。村の住民構成が複雑であることへの配慮など、様々な理由でこの距離に建てられたらしい。
獣人に会えるだろうか? ドワーフは? それともエルフ? 期待に胸を膨らませ、はっきりとした黄土色の道を進んでいると、不意に大きな衝撃音が響いた。何かが倒壊したような音だ。 近づいて見てみると、小さな倉庫のような建物が何かに衝突されて崩れていた。アスファルトではない道のせいで、周囲はひどい砂埃に包まれている。
鼻を押さえ、黄砂の霧の中に目を凝らすと、人影が立ち上がるのが見えた。直後、凄まじい咆哮が響く。
「クソがっ! この気色の悪い化け物が!」
立ち上がった人影が、近くにいたもう一人の影に殴りかかった。 いや、そいつを「人」と呼ぶのは、二本足で立っているからに過ぎない。実際には全身が鱗に覆われ、尻尾が生えた亜人――トカゲ人間だった。 リザードマンが尻尾を一振りすると、殴りかかった男は先ほど場所まで軽々と弾き飛ばされた。
「人間こそ、気色が悪い」
あのリザードマンの格好は、兵士か……あるいは冒険者か? 全身を覆う鱗を見ていたら、集合体恐怖症が発症しそうになった。ああ、いっそまな板の上に押さえつけて、包丁で鱗取りをしてやりたい……。 そんなことをすれば、この世界の鱗を持つ生物すべてを敵に回すことになるだろう。この考えは胸の内にしまっておくことにした。 ふと、リザードマンの視線がこちらを向いた。もしかして、今の不穏な考えがバレたか? するとリザードマンの仲間が彼の肩を掴んだ。これ以上騒ぎを起こさせたくないのか、そのまま立ち去っていった。
「ふぅ……危うく面倒なことに巻き込まれるところだった」
リザードマンに飛ばされた男のことは、知ったことか。種族差別をするような人間こそ、一番差別されるべき連中だ。
そんなハプニングを無視して、俺はようやく人生で初めて、人間の村へと足を踏み入れた。 村の建築物はほとんどが木造だが、時折石造りの立派な建物が混じっている。あれは貴族か、あるいは地元の富豪の家だろう。 ざっと観察した限り、工業化されていない時代にしては、住民の生活水準は悪くないようだ。少なくとも、飢えで痩せこけた者や流民のような姿は見当たらない。人類に授けられる「スキル」が、将来の食い扶持を保証しているからだろうか?
住民の服装は丈夫そうな織物が中心だが、この村にはフル装備に身を固めた人間が非常に多い。かといって制服ではないので、兵士ではなさそうだ。 兵士ではないとなれば……冒険者か? そう思った瞬間、俺の目は輝いた。
冒険者!! なんという憧れの響きだろう。プロのニートであっても、心の片隅にはそんな夢があるはずだ。 だが夢は、夢の中で見るからいいのだ。もし俺がこの世界に来た瞬間に女神の加護を受け、ありとあらゆるチート能力を手にしていたなら、迷わず冒険者を目指しただろう。 しかし今の俺は、か細い孤児に過ぎない。一食分を稼ぐのにも苦労する身だ。冒険者なんて人種は、遠くから眺めているだけで十分。できれば将来は、事務系の仕事でも探したいものだ。
……なんだか、人生が始まる前に終わってしまったような気がするのはなぜだろう。 自分の暗い未来を想像しながら、俺は道端にしゃがみ込み、冒険者たちの挙動を観察し始めた。 この世界の住人にとっては日常であっても、俺の目には前世の常識と衝突する違和感の宝庫だった。 例えば、手を振れば火が吹き出したり、酷い怪我でも、聖職者らしき男が手をかざすだけで「痛いの痛いの飛んでいけ」とばかりに消えてしまったり。
気がつけば俺は、額に稲妻のアザがあるイギリスの少年が初めて魔法に触れた時のように、その光景に引き込まれ、自失の境地にいた。 ……クソッ!! 冒険者が無理なら、せめて冒険者ギルドの事務員ならいいだろう。 決めた。俺は冒険の最前線ではなく、後方支援の要になる。それに、あらゆる都市伝説が示している通り、冒険者ギルドの受付嬢は超美人に決まっているんだ。 なら、目標はギルドでの成家立業(安定した仕事と家庭)だ!!




