外伝【番外編】銀月の下、マリーとの手合わせ 上
アイコロ村を離れる数日前……村から半日ほど離れた場所にある平原にて――。
銀月が空高くに掛かり、清らかな月光が地上に銀色の絨毯を敷き詰めていた。
「見せてみなさい! あなたが今、どれほどの腕前になったのかをね」
村を去ることが決まったマリーは、出発前に俺の戦闘能力を一度検分することに決めたらしい。 俺自身も、自分のスキルビルド(BD)に将来性があるかどうかを検証したかった。だから、この場所へ来た。
今回の手合わせにおいて、レシナは戦力には数えない。彼女はあくまでパートナーであり、契約獣の類ではないからだ。自分自身の純粋な実力を測るため、彼女には少し離れた場所で見守ってもらっている。
「なあ、防護魔法もなしで本当に大丈夫なのか?」
マリーは自信に満ちた笑みを浮かべた。 「あら? 私が負けるとでも思っているの?」
「いいや。……あんたが手加減し損ねて、俺が死ぬのが怖いだけだ」
そう、マリーが普段見せる攻撃性はそれほどまでに苛烈だ。経験を積むにつれ、俺の中での彼女に対するダメージ係数は上方修正され続けている。
「安心して。寸止め(点到為止)ならお手の物だから」
いや、頼むから早めに止めてくれ。あんたの拳がかすっただけで、俺は死ぬ。 どうせ避けられない戦いならと、俺は覚悟を決めた。
マリーと百メートルほどの距離を取る。対峙する彼女が準備運動を始めると、双拳を打ち合わせるたびに「キンッ」という硬質な金属音が微かに響いてきた。 ……俺はこれから、化け物と戦うのか? 生身の体のはずなのに、どうしてあんな音が鳴るんだ。
「開始の合図はあんたが出しなさい。身体強化も全開でいいわよ」
深く息を吸い込み、魔力を全身に行き渡らせる。
魔法を使えない俺に残された唯一の手段――魔力による身体機能の活性化。抵抗力と防御力を極限まで高める。
背負っていた弓を引き、矢の先をマリーへ固定する。
開始の叫びと同時に、指を離す。
――凄まじい衝撃波が押し寄せた。マリーの姿が、その場から消える。
視界の端に黒い影がよぎったと思った瞬間、彼女はすでに俺の懐に潜り込んでいた。矢が放たれるよりも早く。
ドォンッ!
至近距離から放たれたのは、前世の知識にある『崩拳』に似た構え。 俺の体は呆気なく宙を舞い、地面を何度も転がってようやく止まった。咄嗟に防御に回した両腕が、ジンジンと痺れて震えている。
「下手な弓術なんて使ってないで、あんたの『我流アイテムボックス戦法』を出しなさい。じゃないと、一方的に叩きのめすわよ!」
マリーが冒険者としてどの程度の位階にいるのかは知らない。だが、これが『上位』の力だというのか。 ……速い! だが、ギリギリで追える。
視認できるのなら、反擊の機会はある。
俺はため息をつき、腹をくくった。
いいだろう。……ここからは「金」を焼く時間だ。
俺は自然体で立つ。武術の心得などないし、構えでもない。ただ、俺の能力には発動のための予備動作が必要ないだけだ。
周囲に複数の『アイテムボックス』が展開される。 開口部から、より強力な矢が豪雨のように撃ち出された。黒い雨となって、マリーの影を捉えようと降り注ぐ。 しかし、マリーは高速移動でそれを翻弄し、俺との距離を詰めてくる。
「スキルも乗っていない飛び道具なんて、私には通じないわ!」
肉体強化による接近戦。打撃圏内に入った瞬間、彼女の鋭いサイドストレート(側身長拳)が放たれる。 全神経を動態視力に集中させ、死に物狂いでその軌跡を捉える。
最小限の動作で、拳を回避。熱を帯びた拳風が頬を削っていく。
今だ。マリーの動作が伸び切った。 正面に立つ俺が彼女の死角となり、その背後――左、右、そして後方の三方に、アイテムボックスから『大型バリスタ(巨型弩床)』が姿を現す。
出現と同時、至近距離から極太の矢が撃ち出された。
本日は台湾の旧正月(春節)です! おめでたい日ということで、今回は特別に番外編として「マリーとの一戦」を更新させていただきました。
本編では語られなかったレストの過去や戦い方を楽しんでいただければ嬉しいです。 皆様、良いお年を(あるいは楽しい春節を)!




