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冒険者ギルドの記録員  作者: 六花葵
第一巻
20/21

記録8-2 【招かれざる客】お忍び王女の来訪と、小天使の鉄槌

ギルドメンバー専用の、とある一室にて――。  

「結局、資料室には行けずじまいで説教か。幸先が悪いな。どうもここは長居する場所じゃないらしい。さっさとギルド長の依頼を片付けて、次の場所へ移動しよう」

   

今日の午後を思い返すと、溜息しか出てこない。

 

訓練室を出た途端、治安維持の警備兵に包囲された時は心底疲れ果てた。ぼくは間違いなく『秩序にしてローフルグッド』陣営のはずなのに、どうしてあんな目で見られなきゃいけないんだ。 まったく、理不尽すぎて心が痛むよ。  


「私、ここ嫌い。誰かの視線が、すごく不快……」レシーナがポツリと漏らした言葉に、ぼくは深く頷いた。  


「うんうん、わかるよ。その気持ち、ぼくも十分に理解できる」    


以前、地球にいた頃に女性の友人から聞いたことがある。彼女たちは視線に異常なほど敏感で、誰が自分の体のどこを見ているか、正確に感じ取れるらしい。特に、胸部とかね。    


うちのレシーナはこんなに可愛くて、まるで小天使のようだ。彼女に注がれる視線は、守護を誓う慈愛などではなく、間違いなく下劣な痴漢のそれだろう。    


できることなら彼女を無菌室で保護してあげたいが、成長には社会との接触が不可欠だ。(願わくば、レシーナを観賞するには『メンバーシップ限定チャンネル』に設定したいくらいだ。見たいって? ならまずはスパチャを投げてからにしてくれ。


……まあ、古の言葉にも『行いを見て心を見ず』と言うしな)    


他人の脳内の思考を止めることはできないし、関わるつもりもない。    


――ただし。もしその脳内の『念頭』が、『物理干渉』という名の行動へと進化するなら話は別だ。  その時は、ぼくの屍を越えてからにしてもらおうか。    


さて、一日の締めくくりに、日課ルーチンをこなすとしよう。弾薬補充という名目の、精密な計測訓練だ。    


マリーとの模擬戦を除けば、今日が初めての対人戦だった。    


やはり、中近距離の戦闘においては十字弓クロスボウ――あるいは強弩の方が有利だ。貫通力においても、伝統的な弓矢を遙かに凌駕している。  


もっとも、特殊な技法や、規格外の素材で制作された弓は例外だが。そのあたりの補充についても、近いうちに準備しておいた方がいいだろう。それと、攻城弩バリスタの使い方についても再考が必要だ。


 あいつの重厚な装備からして、せいぜい吹き飛ぶ程度だと思っていたんだが、結果はまるで缶詰を力任せにこじ開けたような有様だった。完全な『オーバーキル(過剰火力)』だ。  


対人戦でこんな光景が頻発するのは、精神衛生上よろしくない。    


……それにしても、マリーのやつ。よくもまあ、あんなものを生身で耐えられたものだ。S級冒険者というのは、どいつもこいつもバケモノか?  


「ああ……冒険者の平均的な戦闘レベルが知りたい。今日の件だってそうだ。訓練室を出た後、模擬戦場の連中が揃いも揃って怯えたような目を向けてきやがって。ここは大総本部だろう? みんなそんなに豆腐メンタルなのか?」  


 コン、コン、コン――。    


そんなことを考えていると、場違いなノックの音が響いた。  


良い子がベッドに入るべき時間だ。ここに知り合いなんていないし、むしろ今日一日で敵対勢力を築き上げてしまった自覚はある。    


ぼくは最大限の警戒を込めて問いかけた。  


「誰だ?」  


「先輩、私です。アイナです」    


ああ――今日の苦労人な案内役か。    


ぼくがドアを開けると、そこには申し訳なさそうな表情を浮かべたアイナが立っていた。  


「こんなに遅くに、お休みを邪魔してしまって本当にすみません」  


「いや、構わない。ちょうど日課が終わったところだ。レシーナも寝ているから大丈夫……」と言いかけた時、気のせいか、廊下の気温がわずかに下がったように感じた。    


直後、背後でレシーナがムクリと起き上がる。その瞳は**「濁った色」で入り口のアイナを射貫いていた。その凄まじい起床気きしょうきに、アイナが思わず二歩後退する。    


起きてしまった以上、ぼくも言葉を改めるしかない。  


「……こんな夜更けに、何か急用か?」  


「ギルド長がおっしゃっていた例の依頼についてですが……。クライアントが到着しました」    


なるほど、依頼人か。明日の打ち合わせの連絡だろうか。  


「明日から任務開始か? 時間は? どこで待てばいい?」    


アイナはすぐには答えなかった。普段の彼女からは想像もできないほど、言い延んでいる。  


「あの……クライアント様が、今すぐ先輩に会いたいとおっしゃいまして……その、なので……」    


はあ!? この時間に?  ……まあ、金貨三百枚を提示する大口の顧客だ。価格に見合った敬意とサービスは提供すべきだろう。  


「いいよ。今から案内してくれるのか?」    


アイナはまだ躊躇っているようだった。  ふと、薄暗い廊下に落ちる彼女の影が、不自然にうごめいていることに気づく。 室内との光の差で気づかなかったが、彼女の背後に、誰か立っている


その人物はアイナとの身長差を利用して完全に隠れていたが、ぼくが気づいたことを察したのか、不意に上半身をひょいと横に突き出した。 それは、ひどくお転婆そうな顔立ちをしたエルフの女性だった。


「あなたが、今回の伯母様が用意してくれた『運びポーター』?」    


外見通りの可愛らしい、それでいてどこか「とろり」**とした甘ったるい声。    


その瞬間だった。  


レシーナがベッドから弾かれたように飛び起き、ぼくの横をすり抜けてドアへと突き進む。    


バカァァァン!!    


凄まじい衝撃音。力任せに閉じられた新調されたばかりの木造ドアには、およそドアが受けるべきではない亀裂が、はっきりと刻まれていた。  


(不味いな……このドアの損傷、労災扱いで経費にできるんだろうか?)

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