記録7-3 【不適格宣告】不敬なA級冒険者と、過激な記録員の正当防衛
「おいおい、依頼から戻ってみれば……とんでもねえ美人の亜人が来てるって話じゃねえか」
屈強な体躯に、乾いた返り血がこびりついた重装プレートアーマー。男は大股でこちらへ歩み寄ってきた。その視線はぼくを通り越し、背後のレシーナに釘付けになっている。反吐が出るような貪欲さと、品定めするような厭らしい眼差しだ。
「なるほど、噂に違わぬ極上の珠玉だな。おいガキ、いくらで売る?」
ギルドの規約上、訓練室を使用中の者がいれば、後から来た者は通報が必要なはずだ。だが、この傍若無人な態度は、最初から「規約」など眼中にないらしい。
「アイナ、あれは?」
ぼくの信条は、分からないことは聞く。動けるなら口は使わない。だが、手を使うなら二度と口を利けないようにする、だ。
アイナがぼくの耳元に寄ってきて、小声で囁いた。 「ギルドの問題児です。人身売買に関わっているという噂ですが、証拠が掴めなくて……。普段からこんな調子で、亜人を奴隷としか見ていない人族至上主義者です。先輩、相手にする必要はありませんよ」
人族至上主義、か。 この男は知らないのだろう。ぼくの背後で「レ、怖い……」なんて震えながら、しおらしく可憐な表情を作っている化け物が、その腰に**「対人類禁忌兵器」**をぶら下げていることを。 人族であるぼくとしては、あんなものと対立したくはないのだが。
あと、レシーナ。怖いと言いながら、腰の棍棒をずっと弄るのをやめてくれ。
「行こう、アイナ。資料室へ急がないといけないからな」
こういう手合いへの最善の対処は無視することだ。いじめっ子と同じで、反応すればするほど興奮してエスカレートする。つまり、冷遇が一番だ。
言い返すつもりも、反応するつもりもない。 この扉を出れば、彼とはただの通りすがりで終わるはずだった。
だが、ぼくが彼の横を通り過ぎようとした瞬間、二人の仲間が立ちはだかり、入り口を完全に封鎖した。 職業は魔導師とタンクといったところか。一人は杖を、もう一人は盾を構えている。布装備と重甲、まさにRPGの黄金トライアングルというわけだ。
「悪いが、通してくれないか」
扉にかかった男の手を押し退けようとしたが、彼はその手を引っ込め、ぼくの頬を軽すぎず重すぎない力でペチペチと叩き始めた。
「あ? 俺様の話が聞こえなかったのかよ。B・級・の・記・録・員・様・よォ」
……ああ、ついに来てしまったか。 力を持つ者が、その暴力という絶対的な力を行使する瞬間。 異世界に転生して以来、法律で縛れない個人の武力が存在するこの世界で、生存における最大の難関は「人間の悪意」だと理解していた。他人が抗えない力を握った時、人は容易に法外の狂徒へと変貌する。
実を言うと、地球にいた頃も「もし自分に×××な能力があれば」なんて妄想した中二病の時期はあったが、結局のところ、自分には反社会的な人格が備わっていることに気づかされるだけだった。
いじめられている人間を見るたびに、もし自分が当事者なら、間違いなく極端な手段で反撃するだろうと考えていた。いじめっ子に分からせる方法はただ一つ。こちらの方が相手より遥かに過激であると示すことだけだ。
異世界に来てからも、可能な限り「人間」との衝突は避けてきた。魔物との殺し合いや、人型生物であるゴブリンを屠ることで、猟奇的な耐性も少しずつ積み上げてきたつもりだ。
そのせいだろうか。 初めて人間を「殺害」することを前提とした衝突に直面しているというのに、今のぼくは異常なほど冷静だった。
「あー、痛い。すごく痛いなー」
頬を叩く動作に対し、ぼくは感情の死んだ棒読みで応じ、それから隣を向いた。
「アイナ、記録員が無実の冒険者から攻撃を受けた場合の処置はどうなっている?」
マニュアルは熟知しているが、ここのルールがぼくの学んだものと同じかどうか、再確認しておく必要がある。
ぼくの意図を察したアイナが、震える声で答えた。 「……記録員は直ちに、あらゆる手段を用いて自身の安全を確保する権利を有します。同時に、当該冒険者を犯罪者と見なし、その裁定は――当該記録員の一存に委ねられます」
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