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冒険者ギルドの記録員  作者: 六花葵
第一巻
16/21

記録7-2 【A級人形、原子化】物理法則による蹂躙


 ようやくレシーナを叩き起こした後、僕たちはアイナと約束した場所で合流した。  アイナはネイビーブルーのセットアップに身を包んでいた。そのデザインからしてギルドの制服だろうが、材質は革と布が組み合わされた混紡のようだ。彼女を長く待たせていないことを願いつつ、僕はレシーナの手を引いて小走りに駆け寄った。


「悪い、待たせたかな」


「いえ、そんなに待っていませんから」


 僕の寝坊とレシーナの二度寝のせいで、アイナはかなりの時間ここで立っていたはずだ。それなのにそう答える彼女に、少し申し訳ない気持ちになる。  僕はアイテムボックスから冷たい水の入ったコップを取り出し、彼女に差し出した。


「本当にごめん。まずは水を飲んで。今日はよろしく頼むよ」


 突然現れたコップに彼女は少し驚いたようだったが、すぐに何かを察したのか、両手でそれを受け取ってちびちびと飲み始めた。


「依頼大広間、鑑定室、オークション会場、訓練場と模擬戦闘エリア、それから各ランクの記録員のみが入れる資料室……先輩はどこへ行きたいですか?」


 ほう、さすがは本部だ。施設が充実している。マリーが遊び半分でやっているエロク村の支部とは大違いだ。あそこはボロいカウンターが受付兼依頼所になっていて、すべての雑務がそこで処理されていたからな。  鑑定室とオークション会場は、今のところ用がない。僕とレシーナが持っている物の中で最も価値があるのは昨日彼女に贈った警棒で、その次はレシーナの各種ドレスくらいだ。所持金も底をつきかけている。ギルド長の招待がなければ、今頃は野営を覚悟しなければならなかった。


「依頼大広間以外なら、一通り見て回りたいかな」


 この山そのものが巨大な山体で、内部をくり抜いた構造は海面下の氷山のように、外見からはその本当の体積を判断できない。  


洞窟の中だというのに、薄暗さは感じなかった。歩きながら観察してみると、室内には特定の光源があるようだが、通路にはそれらしきものが見当たらないのに明るい。実に不思議だ。  


魔法というものへの理解が、僕にはまだ足りないらしい。


 前を行くアイナは、今日はどこか上の空というか、何かを考え込んでいるように見える。時間を割いてもらっているのが、少し申し訳なく思えてきた。  あまり彼女の邪魔をしないよう、僕は後ろでレシーナと世間話をしながら静かについていくことにした。  やがて、遠くから騒がしい声が聞こえてきた。距離が縮まるにつれ、その声は大きくなっていく。まるで前でお祭りが開かれているかのようだ。


「前方が訓練場と戦闘模擬エリアです。ここに滞在する冒険者たちは、訓練場を利用したり、他の者と対戦して交流したりするのが一般的ですね」


 アイナが説明してくれたが、彼女の表情には何か言いたげな陰りがあった。


「どうしたんだ?」


 するとアイナは九十度の深いお辞儀をして言った。


「すみません、先輩。どうしても気になってしまって……。訓練場で、先輩の戦闘手段を見せていただけませんか? アイテムボックスの能力者が、先生に戦闘職の記録員だと判定されるなんて、あまりにも信じがたくて」


 ああ……それか。少し手本を見せるくらいなら問題ない。  僕は頭をかきながら、説明に困るような表情を浮かべつつ、最後には承諾した。


「構わないよ。ただ、僕の戦い方はすごく直接的というか……初見殺しに近いんだ。見てしまえば、なんてことない平凡なものだよ」


 そう説明したものの、彼女の顔を見る限り、全く納得していないのは明らかだった。  僕が頷いたのを見た瞬間、彼女の歩調はさっきの二倍ほどの速さになった。  訓練エリアに足を踏み入れると、熱気が肌を刺す。それは人々の熱狂から発せられる熱気だった。


 戦闘模擬区画は一目でわかった。大勢の冒険者たちがそのエリアを囲み、絶え間なく怒号や野次を飛ばしている。応援の声に混じって、卑俗な罵詈雑言が飛び交っていた。僕たちの進入に誰かが気づくと、その喧騒は潮が引くように収まっていき、多くの者がこちらを振り返った。騒がしかった声は、次第に戸惑いを含んだ低い囁きへと変わっていく。  


僕たちはまるで異物のように、その空間へと紛れ込んでいた。


「アイナ、これは?」


「何でもありません、何でも。先輩、こちらへどうぞ」


 そう言ってアイナは僕たちを隣の訓練室へと引き込んだ。彼女は先ほど状況を説明するつもりはないらしく、そのまま訓練室の紹介を始めた。


「ここは冒険者が能力や魔法、スキル、そして様々な武器をテストするための専用室です。周囲には魔法の障壁が張られており、一定の衝撃を吸収すると同時に、内外の音や映像も遮断されます。ここなら、安心してテストができますよ」


 なるほど、いいアイデアだ。これなら自分の切り札を試すのにうってつけだ。僕のような初見殺しの戦法は、一度でも手の内を知られれば対策されるのも容易だからな。


「目の前にある人形は、それぞれD級からS級のモンスターの平均的な肉体能力に対応しています。様々な金属や錬金道具で造られていて、外で同ランクの怪物に遭遇した際、ダメージを与えられるかどうかを確認できるんです」


 分かりやすいサンドバッグテストだ。自分の出力が有効打になるかどうか、一目で判断できる。  ふと、ある考えが浮かんだ。マリーはしきりにレシーナの危険性を説いていた。なら、この安全な場所でなら、彼女が一体どこまでやれるのかを知ることができるはずだ。


「ナナ、試しにやってみるかい?」


「えー! でもこれ、レストがくれたおもちゃより面白くないもん」


 彼女は猫じゃらしに興味を失った猫のような目で、人形たちを嫌そうに見つめた。


「昨日プレゼントした警棒を使ってみるといい」


 その言葉が出た瞬間、レシーナの退屈そうだった瞳がパッと輝いた。  


この警棒を手に入れてからというもの、彼女は隙あらば何かを叩きたがっていたが、僕の厳命によってずっと我慢させていたのだ。


 パシッ、と小気味よい音を立てて、彼女は鮮やかに銀色の警棒を振り出した。  


魔力が注入されると、レシーナの手にある軽快な細い棒が重力場を発生させ、周囲の塵さえもわずかに歪ませた。急激に増した質量により、彼女の足元の地面には細かい亀裂が走る。  その光景に、僕の目元がピクリと引きつった。同時に、レシーナの持つ力というものを、自分の中で一つの概念として定義し直す。


 パキッ、と石畳が激しく砕けた。  


彼女は躊躇なく、「A級」と記された人形に向かって横一文字に薙ぎ払った。  予想していたような激しい衝突音は響かなかった。


 過剰なまでの質量を注入された警棒は、熱したナイフがバターを切るかのように、音もなく人形の腹部を通り過ぎた。そして、わずか直径二センチの中に凝縮された恐怖の動能が、人形の内部で徹底的に炸裂したのはその直後だった。  中級魔法さえ防ぐA級人形の錬金外殻が、零点一秒足らずの間に内部の圧力差で劇的に歪み、膨張した。


 ドォォォォォン――!


 耳を突き破らんばかりの轟音とともに、錬金人形は「砕けた」のではなく、原子化された衝撃波によって空中の粉塵へと変えられた。  そこにはただ、激しい風によって削り取られた扇状の痕跡だけが残っていた。  二撃目を繰り出そうとしたレシーナを慌てて制止すると、彼女はつまらなそうに戻ってきた。


「ちっとも面白くない。レスト、もっと大きいのを持ってきてよ」


 その結果を見て、僕はただ心の中で呟くしかなかった。 (「神の杖」を魔改造しすぎたな……)  地球なら衛星軌道から二トンのタングステン棒を投下する必要があるが、ここではこの子に、公トン単位の魔力質量を棒に詰め込ませて、思い切り振らせるだけで済むのだから。


「封印だ! 今後はむやみに振り回しちゃダメだ。僕がいない時に、自分を守るためだけに使いなさい」


「ええっ! どうして?」


 不満げに抗議するレシーナだったが、僕はそれを一切無視した。冗談じゃない。人道に対する罪で反復横跳びさせる気か?


 ***


 アイナ視点――


 これは何? 魔法? 何らかの魔導具? それとも、伝説のダンジョンにしかない古代遺物? あらゆる可能性を思考しても、目の前の光景を分類することなどできなかった。  A級の人形を破壊すること自体は不可能ではない。A級冒険者はおろか、B級やC級の冒険者であっても、独特な手段を用いれば成し遂げられる。強力な魔法、あるいは効果の大きな魔導具を使えばいいのだ。  自身の剣術に自信のある者なら、瞬きの間に人形を滑らかに数片へ切り分けることもできるだろう。


 これらすべては私の常識の範囲内だ。レシーナ様が伝説の虚空竜だから? 種族特性の魔法? いいえ、違う。先ほどの観察では、レシーナ様が手に持ったエロージョン・マジックシルバーに魔力を注いだ、ただそれだけのことしか感じられなかった。  注がれた魔力は多くない。しかし、重量の変化は間違いなく私の想像を絶する域に達していた。その瞬間から、警棒と呼ばれたその物体は、私の目には異質なものとして映った。


 過去、重量のあるものを見てきたが、それらはすべて体積や材質からその重さを想像することができた。しかし目の前のそれは、体積と到達した重量が直感的に結びつかず、想像することすら叶わない。  例えば「これは山と同じ重さだ」と言われれば、山が巨大で重いことは知っているが、脳内で概念として形にすることはできない。だが、その物体が振るわれる速度で自分にぶつかってくるとなれば、その結果はあまりにも容易に想像できてしまう。


 私がレシーナ様の与えた衝撃を反芻している間に、レスト先輩は身体強化魔法を使い、S級の人形に対して拳や蹴りを叩き込んでいた。人形の様子を見る限り、レスト先輩の攻撃は完全に無効化されている。  その結果だけを見れば、先輩が自ら言っていた通り、平凡な戦闘スタイルに見えた。


「わあ、本当に硬いな」


 やはり身体の限界はこのあたりだろうか。これ以上鍛えても伸び代があるのかどうか。


「先輩、これは……?」


「これが僕の戦い方だよ。身体強化への対応だね」


 正直に言って、先輩の戦い方は珍しいものではない。高ランクの冒険者にとって強化魔法は基本中の基本だ。彼らが立ち向かう環境や魔物は、人間本来の体質だけでは到底対処できないからだ。しかし、ただの強化魔法だけで先輩が現在の評価基準に達しているというのは、明らかに説明がつかない。  ウォーミングアップを終えて満足げな先輩を見て、もう彼の本当の戦い方を見る機会はないのだろうと悟った。だが、レシーナ様の一撃については先生に報告しなければならない。


 立ち去ろうとしたその時、私はS級人形の肘の部分に不自然な箇所があることに気づいた。よく見ると、何かに削り取られたかのように、ほんの一部が欠けている。  このテスト用の人形には自己修復機能があり、ランクが高くなるほどその速度は増す。S級はモンスターの再生能力に対応しているはずだ。ならば、これは間違いなく先輩が何らかの手段でつけた傷だ。


 真剣に観察しても、その切削面が既知の事象によるものだとは結論づけられなかった。床には水が溜まっている。魔法の水刃ウォーターカッターのようなものの可能性もあるが、魔力の波動は一切感じなかった。エルフである私は、魔力の波動に対する鋭敏さには自信がある。  水刃のような魔法をこの距離で使い、魔力波動を完全に隠してエルフを欺くことなど不可能だ。  これは間違いなく先輩の手口だ。一体、どんな方法なのだろう……私は気になって仕方がなかった。


 その時、訓練室の重厚なオーク材の扉が「ガラン!」と激しい音を立てて撥ねのけられた。ドアの蝶番が悲鳴のような甲高的音を奏でる。それは入り口に掲げられていた「使用中」の札を完全に無視した暴挙だった。

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