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冒険者ギルドの記録員  作者: 六花葵
第一巻
15/21

記録7 記録員の戦い方とエルフの守護者

 イリスニ雅が用意してくれた宿舎に戻り、私は今回の依頼について深く思考を巡らせていた。以前の小さな村とは違い、随行記録のほとんどは簡易的な狩猟や低ランク魔物の討伐だったが、今回は違う。


 私にとって初めての「ダンジョン」への足を踏み入れとなる。地上とは異なり、ダンジョンという言葉には人間のどろりとした悪意と欲望が凝縮されている。できることなら、あのような高危険地帯には近づきたくないのが本音だ。


 だが、今さら泣き言を言っても始まらない。今回の私の役目は「荷物持ち」だ。幸い雇主の要求は高くなく、チームから遅れずに付いていくだけでいい。


その程度、五体満足なら誰にでもできる。集合日までの数日間、私に課せられた最優先事項は、基礎的な常識の補充だ。  


情報の遅滞と不完全さ。冒険者業界においては、戦闘能力の不足よりもそれが命取りになる。幸い、この冒険者の本拠地には情報の蓄積がある。


これからは重点的に常識を補い、特に自分自身の「職能ジョブ」にまつわる問題を整理しなければならない。


 その時、レシーナが矢の束を抱えて走ってきた。昼間に補充した矢だ。


「レイくん、レイくん! 弾薬の補充だよー」


 そうだ、レシーナは私の「アイテムボックス」を共有できる。


最初は無理だったのだが、彼女が私の金庫を「物理的に強行突破」した可能性は否定できない。かつて彼女をからかおうと、目の前で宝物を隠すようにアイテムボックスへしまい、中身を教えずにいたことがあった。


 その日の夜、部屋に戻ると、床一面にアイテムボックスの中身が散乱していた。レシーナはその山の中に座り込み、「これかな? それともこれ?」と一つずつ手に取って検品していたのだ。  


それ以来、私の物は彼女の物、彼女の物はやはり彼女の物となった。


 レシーナに促され、私は自分にとって最も重要な戦闘準備を始めた。


 今日一日、多くのアウトサイダーな視線を感じた。品定め、好奇、そしてレシーナに向けられた貪欲で卑猥な眼差し。


 まったく面倒なことだ……。思考を放棄し、まずは自分の「安心感」を充足させることにしよう。


 まず取り出したのは、自ら魔改造を施した弓だ。形状はクロスボウに近いが、その機能はただ一つ、「矢を高速で装填し、発射すること」に特化している。


 長年の観察と実験の結果、私は「覚醒した能力」というものが、当初の予想とは少し違うことに気づいた。マりがよく口にしていた、戦闘とは無縁とされる能力——例えば「耕作」などであっても、その者が戦えるかどうかとは無関係なのだ。


 この世界の住民は、長い年月をかけて固定観念に縛られている。「〇〇を覚醒させたなら〇〇になるべきだ」と。確かに効率はいいかもしれないが、それはあくまで「かも」に過ぎない。


 私が考える戦闘職の要諦は、戦闘意識、そして人類原始の応急反応である「戦うか逃げるか(Fight or Flight)」にある。危機に直面した際、多くの人間は戦いを選ばず、逃走を選ぶ。  


それは能力の有無ではなく、リスク管理の問題だ。地球のような安全な環境でさえそうなのだから、一度の傷が死に直結しかねないこの世界なら尚更だ。


 ゆえにこの世界の人間は、覚醒した能力を職業選択の絶対的な指標とする。だが私から見れば、覚醒した能力とは聖典にある通り、女神が与えた「おまけのギフト」に過ぎない。


 私のように魔法発動に干渉して学習を阻害する能力を除けば、大抵の人間は後天的な努力で魔法を啓発できるはずだ。しかし、それを試みる者は少なく、自分の能力を磨き上げる努力すら怠る者が多い。


 彼らは能力の利便性に依存し、自らを精進させることをやめ、それを「天職」だと思い込む。戦闘能力は後天的に鍛えられるものだ。法術も剣術も、創始者が能力に頼って作ったものではなく、幾多の戦闘経験の積み重ねから生まれた技術なのだ。


 かつてエロク村の冒険者たちと能力について語り合ったが、並の冒険者は覚醒時の力をそのまま使っているだけだった。対して上位の冒険者は、その手の話になると煙に巻く。


 つまり、一般人は深く考えないが、社会階層の高い者はその事実に気づいているということだ。


 私にとって、「アイテムボックス」の研究成果は今まさに行っているこの作業に集約される。


 魔改造した弓に矢を番え、放った瞬間——指先を矢尻に触れ、アイテムボックスへと収納する。アイテムボックスの特性上、収納された物体は「収納された瞬間の状態」を維持する。


 これを利用すれば、アイテムボックスの口を開くだけで、弓の張力が最大にかかった状態の矢を、私の狙った方向へ射出できるのだ。


 機械的で退屈な作業だ。以前マりと本気で立ち回った際、ストックしていた「弾倉」を使い果たしてしまった。重機関銃手がトリガーを引き、火力を制圧しきった後、一発ずつ弾丸をベルトリンクに込めるような作業だ。


 だが、これは私の反応速度を維持する訓練でもある。「物差し反応テスト」の変種のようなものだ。私の戦い方は極限の反応速度に依存している。魔法の補助であれ訓練であれ、最終的には「バレットタイム」を超える領域が理想だ。


 アイテムボックスを共有するレシーナは、隣で規則的な弦音を聞きながら眠りについた。彼女がいれば補充速度は二倍になるが、その白く柔らかな手が少しでも荒れる可能性があるなら、私は極力自分一人で済ませたい。


 翌日、窓から差し込む陽光で目が覚めた。光の色からして、すでに昼だろう。昨夜、極限の集中力の中で精神を摩耗させ、そのまま泥のように眠ってしまったらしい。


 出しっぱなしの道具が床に散乱している。ベッドから起き上がろうとすると、腰に馴染みのある重みを感じた。レシーナがまた私のベッドに潜り込んで抱きついていた。昨夜はちゃんと自分のベッドにいたはずなのに。  


彼女を「お姫様抱っこ」で持ち上げ、自分のベッドへ戻す。三呼吸ほどの間に私物をすべてアイテムボックスへ放り込み、今日のスケジュールを頭の中で組み立てた。  


この冒険者の本拠地には利用すべき施設が多い。資料収集の場所も逃せない。アイナにお願いして、また案内してもらうことにしよう。



 私はアイナ。


種族はエルフだ。年齢はまだ若く、この世に生を受けてから百数十年。族の中では、百歳を超えてようやく「子供」として扱われる。


 エルフという種族は時間の流れに疎い。ゆえに、生活のテンポは非常に緩やかだ。

 私たちの発祥の地「世界樹」。それは信仰であり、精霊たちの根源でもある。


 私たちは世界樹の木陰で庇護され、そこには永遠の春があり、至る所に木の実が実っている。世界樹の枝が広がる範囲には結界が張られ、他の種族には探知できない神秘の聖域だ。


 外敵のいない温室のような環境は、精霊たちから危機感を奪う。だが、世間知らずな種族は、ただ略奪されるだけの存在に成り下がる。


 世界樹の加護は万能ではない。エルフの歴史上、外敵の侵入を許したことが数回あり、その度に多大な犠牲を払って種を繋いできた。一度でも防衛に失敗すれば、私たちはこの大陸で最も高価な「奴隷」となるだろう。


 エルフの寿命は長く、繁殖能力、あるいは欲求が低いため、世代間の断絶が激しい。侵略を経験した長老世代と、温室で育った若者世代では、観念に大きな差があるのだ。


   自然元素と親和性の高い私たちは、長老たちから魔法の習熟を、そして伝統的な弓術の訓練を叩き込まれる。


 苦難を知る長老たちは、新世代のエルフを世界樹の外へと送り出す。四季の移ろいを知り、狩りをしなければ食料が得られない現実を知り、何より「善意」の反対語である「悪意」を知るために。外の世界の厳しさを理解した者だけが、一定期間の後に世界樹に戻るか、外で生きるかを選択できる。


 私は外で生きる道を選んだ。そしてその時初めて気づいたのだ。外に出たエルフの後ろには、必ず「守護者」——親や年長者が付いているということに。


 思えば、外の世界に出たばかりの自分は、思い出すのも恐ろしいほどの「黒歴史」だった。何度も人買いの手に落ちそうになり、その度に運良く逃げ延びた。守護者が手を貸したのか、本当に運だったのかは分からない。


 だが、守護者がいなければ、エルフの行き着く先は十中八九、闇のオークション会場だ。外に出たエルフだけが理解する。「安全」とは、自らの手で握りしめておくべきものなのだ。


 エルフの中では若輩だが、人間社会においては、私はすでに一世代前の人間であり、その一生分に相当する経験を積んできた。


 ギルドの記録員として十数年のキャリアを持ち、長老たちに鍛えられた技術で、記録員の階層で最も人数の多い「C級」まで昇り詰めた。  


この世界には多くの種族がおり、それぞれが天賦の才を持っている。だが、人間だけが「覚醒」という奇跡を授かる。


 短命で、体格も並、元素親和性も低い人間という種族に、女神が与えた救済。


 その奇跡を持つ多種多様な冒険者を私は見てきたが、今日、初めて「先輩」のようなタイプに出会った。


 マりの弟子がスウルウォートにやってくるという話は、すぐに記録員たちの間で広まった。しかもその弟子が授かった奇跡は「アイテムボックス」。マりがかつて語っていた「弟子に取る条件」とはかけ離れたものだった。


さらに衝撃だったのは、彼のランクが「B級」だということだ。ギルド内ではハイエンドな戦力に数えられる。そして理解不能だったのが、先生(イリスニ雅)が彼を「戦闘側の記録員だ」と評したことだ。  マりの弟子ならB級であることは理解できる。


アイテムボックス持ちであることも受け入れよう。だが「戦闘スタイル」の記録員とは何なのか。さらに、今日先生が彼に渡した徽章バッジが放っていた、あの眩いばかりの黄金の輝き。一瞬、自分の目を疑った。


 徽章の輝きは、その記録員が任務においてどれほど「安全装置セーフティネット」として機能してきたかを反映する。記録員が同行した任務で冒険者が死亡した場合、あるいは記録員が記録を放棄して離脱した場合、その任務は安全装置の故障と見なされる。


 先輩がいた支部は、マり先輩が気まぐれで作った辺境の町だと聞く。強力な魔物がいない場所なら、完璧な安全装置を演じるのは難しくないはずだ。しかし、矛盾がある。強力な魔物がいなければ、B級への昇進はあり得ない。本部の審査は、導師の温情などで通るほど甘くはないのだ。


 つまり先輩は、B級への昇進が可能な過酷な環境下で、完璧に安全装置としての役割を全うし、一度も失敗していないということだ。一体どうやって?


 先生によれば、マり先輩は彼に戦闘訓練ばかりを施したため、記録員としての基本観念が少し偏っているらしい。そこで私に、先輩をサポートしてほしいとのことだった。  


私は徹夜で資料を整理し、小冊子にまとめた。後で先輩と会う時に渡すつもりだ。それから、素行に問題のある冒険者たちのリストも——。できる限り、無用な衝突だけは避けてほしいと願うばかりだ。

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