表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者ギルドの記録員  作者: 六花葵
第一巻
14/21

記録6-4『蝕魔銀』――重さと不壊の異端素材

「以上が伝えておきたいことだ。冒険者関連で他に聞きたいことはあるか?あるいは助けが必要か?イマりの性格だ、今までお前を放任してきたんだろう。分からないことがあれば後でアイナに聞くか、今ここで私が解決してやろう」


 私は少し考え、確信が持てないままイリスニ雅に一つの要求を口にした。「……『ミスリルの中の廃金』はありますか?」


 イリスニ雅は意外そうに眉を跳ね上げた。「ほう、よくそんなものを知っているな。あるにはあるが、何に使うつもりだ?」


「できれば、今回の依頼料でギルドから買い取りたいんです」


『ミスリルの中の廃金』、またの名を『蝕魔銀しょくまぎん』。


それはかつて、ある錬金術師が「ミスリルから、より魔法に適した物質を抽出できないか」と突飛な発想を抱いたことから生まれた。  


結果、その錬金術師は成功し、同時に失敗した。


 彼はミスリルから新物質を抽出した。その物質はミスリル以上の魔導性質を持っていたが、いかなる魔法効果も発揮しなかった。


注がれた魔力は石を海に投じるが如く消え去り、ただ魔力を吸収し続けるだけで、いかなる形でも排出されない。無数の試行錯誤の末、その錬金術師は「完全なるゴミの魔導具」を作ってしまったと認めたのだ。


 ミスリルは常にファンタジー世界の魔法使いにとって希少な材料だ。


当時、マりからもらった本の中にこの材料に関する記述があり、その『蝕魔銀』の効果に私は強い印象を受けていた。  


蝕魔銀はミスリルの魔導特性を持ち、注がれた魔力を急速に吸収する。そして魔力を吸収すると同時に、蝕魔銀はその重量を劇的に増加させるのだ。魔力と重量の関係を数値化するなら、蝕魔銀に火球一つ分ほどの魔力を注げば、約三キログラムほど重くなる。


 魔法を使用しない限り、蝕魔銀が自ら魔力を吸い取ることはない。


また、所持者の魔力を吸収するには接触が必要だ。


だが、ひとたび所持者が魔力を放出し、意識して制御する間もなく吸収が始まれば、中級魔導師の平均的な魔力量など一瞬で吸い尽くされ、形容しがたいほどの重さへと変貌する。


 蝕魔銀自体は一団の液体であり、羽毛のように軽い。それでいて「不壊」の特性を持ち、精霊曜石せいれいようせき以外では、今のところ破壊する方法は見つかっていない。


蝕魔銀同士が衝突しても同様だ。魔力によって増量した後は、蓄えられた魔力が揮発して元の重さに戻るのを待つしかない。


過去にこの特性を利用して鎧や武器を作ろうとした者もいたが、ことごとく失敗した。鎧にせよ武器にせよ、魔法攻撃を受けた瞬間に、人間には到底耐えられない重量になってしまうからだ。唯一の使い道といえば、矢じりにして竜殺しに使う程度だった。


「お前のあのアイテムボックスを利用した手法でも、蝕魔銀を武器にするのは無理だぞ」


「分かっています」

私が使うのではない。レシーナなら使えるのだ。


 イリスニ雅は目を細めて私を凝視した。


「いいだろう。だが条件がある」


「私ができることなら」


「必要な分量は分からんが、あれの価格は同量のミスリルの百倍はするぞ。それも原価だ。三百金貨でどれほど買えると思っているわけではなかろうな?」


 確かに、一流の錬金術師が抽出する際、ミスリルと蝕魔銀の比率は百対一だ。だが、たとえ今回買えるのが僅かだとしても、手に入れておかなければならない。


他でもない、レシーナに相応しい武器を持たせたいのだ。考えに考え抜いて辿り着いた、このチート級の素材だけは何としても入手せねば。


現状に対し、私は奥歯を噛み締めるしかなかった。


「とりあえず、買えるだけ買います」


 ミスリルは高価だ。魔法世界において完全なる硬貨ハードカレンシーとも言えるその価格については覚悟していた。


以前はギルドで購入できるとは思っていなかったので予備金を用意していなかったが、ギルドに在庫があると分かれば、あとは冒険者の仕事をこなしていけば、いずれは手に入る。


「レシーナのための道具か武器を作るつもりだろう。私が横で何を作るか見せてもらうぞ」


 私は頷いた。

「構いません」


「二つ目の要求は、お前にではない。レシーナの髪の毛を三本もらいたい」


 私はレシーナを見た。レシーナも私を見ている。


「あげなきゃダメ?」と問いかけるような視線だ。


 地球では、人の爪や髪を利用して呪いをかけるという伝承がある。ましてやここは魔法世界だ。心情的にはイリスニ雅に渡したくはないが、決定権は私にはない。


「レシーナ、君はどう思う?」


 レシーナは迷いの色を見せ、傍にいる私にも彼女の内なる葛藤が伝わってきた。  


彼女はぼそぼそと独り言を漏らしている……。

「レイが私にプレゼントをくれる……。でも、この意地悪な女エルフが私の髪を欲しがるなんて、絶対何か企んでる……。あげるべきか、あげざるべきか……うーん……」  


最後にはプレゼントへの期待が勝ったのか、レシーナは覚悟を決めた。

「一本だけ。じゃないと、もういらない」


 イリスニ雅は笑って言った。

「よし! 交渉成立だ」


 レシーナは名残惜しそうに髪を一歩引き抜き、イリスニ雅に手渡した。


「どうやら、私は記録上初めて『虚空の龍』の素材を手に入れた者になりそうだな」  


なぜだろう、イリスニ雅のその言葉に、不意に不安が込み上げてきた。


「……ギルド長、それで変なことはしないでくださいよ?」


「安心しろ、精々研究に使うだけだ。この希少価値を考えれば、『蝕魔銀』との交換でも私の方が少し得をしたくらいだな」


 そう言いながら、イリスニ雅は慎重に魔法でレシーナの髪を封印し、自分のアイテムボックスへと収めた。同時に、大人の拳ほどの大きさの小さな木箱を取り出した。


「ほら、お前の欲しがっていたものだ。由来を知っているなら、使い方も分かっているだろう」


 木箱を手に取ると、驚くほど軽かった。中身の重さはほとんど感じられず、木箱自体の重さしかない。  蓋を開けると、中には水銀に似た、眩い銀光を放つ液体の塊が入っていた。ほとんど感じられない重量が、それが尋常ならざる物であることを証明している。


 蝕魔銀はミスリルから精製された直後、このような原始的な状態にある。これを加工し形を作るのは難しくない。ただ魔力を注ぎ込み、脳内で形作りたい姿を想像すればいいのだ。  


ただし、蝕魔銀は一度成形してしまうと、再び形を変えることはできない。蝕魔銀が断裂するか損壊しない限り、再成形は不可能なのだ。  


物理的にはほぼ無損の特性を持つ蝕魔銀は、精霊曜石に接触しない限り、定型化した後は使用者以外にとっては高価なゴミに過ぎない。  


そして精霊曜石自体も入手困難な品だ。「蝕魔銀が武器に使われることはない」という世界の常識がある以上、精霊曜石を持って蝕魔銀の攻撃に備える者など、まずいないはずだ。


 伝承によれば、蝕魔銀は成形する際、賦形する者の脳内イメージを忠実に再現するという。理論上、想像できるものなら何でも作れる。つまり、拳銃のパーツをすべて思い出すことができれば、この異世界で現代の火器を造り出すことも可能なのだ。  


だが、その考えは胸の内に留めた。パーツの再現性はさておき、手元にあるこの分量を作るのに必要なミスリルは、数回の依頼で稼げる金額ではない。


 だから私は、これを「特殊警棒」のようなものにしようと考えた。ただし、いくつかの仕掛けを加えて。  


まず警棒の姿を思い浮かべる。三段式、伸縮可能、展開時の長さは約七十センチメートル。  


レシーナが耐えられる重量の上限がどこにあるかは分からない。ファンタジー生物の肉体能力は未知数だ。仮に魔力を注入して重量が一トンに達したとして……それを振り回し、不壊の特性が加われば……それを食らって死ななかった奴が、どれほど驚愕の表情を浮かべるか想像に難くない。


 だが、これは本当の設計の重点ではない。肝心なのは警棒の内部構造だ。メジャーのように、放出したものを自動で回収するスプリング機構を設計した。棒にはボタンを設置し、スプリングの伸縮を制御できるようにする。  


スプリングで伸縮させるのは一本の細い糸だ。


「糸」と呼ぶには細すぎ、「」と呼ぶにはあまりに鋭い。


この仕掛けこそが、この棒の真の殺招キラーカードだ。分子レベルの理論で構築された極細のワイヤー、その先端には胡麻ほどの大きさの円錐形の重りがついている。


 ボタンを押せば、その一点を射出できる。調整によって三十センチ、一メートル、三メートルの三段階の距離を設定したが、構造上、現在の材料をその体積まで濃縮すれば、無限の長さと言っても過言ではない。しかし、使用者の安全やその他の考慮から、全長の放出には工夫が必要になる。


「よし、完成だ」  


私の手にあるのは、この世界では単なる細い棒にしか見えない代物だ。精々、伸縮する点が珍しい程度で、イリスニ雅にはこの棒のどこに刃があるのか、あるいは武器として致命的な要素があるのか、判別できないようだった。


「また私の予想を超えてくれるな、レスト。それほどの蝕魔銀を使って、ただの棒を作ったのか? 伸縮し、不壊の特性があるとはいえ、所詮は棒だ。それに長さも及第点とは言えんな」


 イリスニ雅は、この警棒の真の切り札が内部に隠されていることを知らない。後で場所を見つけてレシーナに練習させなければ。


「ギルド長、これは私用じゃない。……ほら、レシーナ。持てなくなるまで魔力を注いでみて」


 私は警棒をレシーナに投げた。彼女は言われた通り、棒に魔力を注ぎ込む。  


ドォォン! 突如として警棒がレシーナの手を離れ、岩の地面へと没した。レシーナの手は小刻みに震えている。全力を尽くして何かを握りしめた後の身体反応だ。


「……魔力の入力制御には練習が必要そうだな」  


蝕魔銀の欠点は、魔力の吸収速度が速すぎることだ。レシーナにはこの面で特訓を積んでもらう必要がある。重量の余裕も見ておかなければならない、何しろこの素材は敵味方問わず魔力を吸い取るのだから。  地面に開いた円い黒い穴を見て、棒がどれほど深く沈んだのか見当もつかない。


「ギルド長、地面を壊して取り出してもいいですか? 問題ありませんよね?」  


私は魔力で肉体を強化し、周囲の岩を砕いてアイテムボックスへ放り込み、さらに下の岩を砕く作業を繰り返した。ようやく警棒の末端が見えたところで、人差し指で軽く触れ、瞬時にアイテムボックスへと回収した。


「……後でギルド長かアイナにこの穴の修復をお願いします。私は純粋な魔力操作以外の魔法は苦手でして」


 イリスニ雅は、単なる「重量」がもたらした衝撃の光景を目の当たりにし、その明晰な頭脳で、この武器がレシーナの手に握られた時の恐ろしさを即座に理解したようだった。ミノタウロスやサイクロプスの棍棒でさえ、レシーナの手にあるこの一本ほど危険なものはないだろう。  


しかも、それには深刻な「欺瞞性」がある。もしレシーナがこの警棒を構えて両手剣の使い手に立ち向かえば、相手は間違いなく「たかが棒切れ」と侮り、適当に受け流そうとするはずだ。  


だが、その油断が命取りとなる。


 かつて蝕魔銀を利用しようとした者たちは、その不壊の特性を活かして折れない名剣を作ろうとした。あるいは重量を武器にしようとした者もいたかもしれないが、人間の耐えられる重量の上限はあまりに低すぎた。魔法で肉体を強化しても、せいぜい巨人の棍棒を振り回すのが限界だろう。  


だが、レシーナは違う。見た目は少女だが、彼女は正真正銘の龍族だ。普段は人間並みの能力で生活しているが、それは人間社会に溶け込むために自ら抑えている力に過ぎない。龍族の原生的な力は生物の頂点だ。たとえレシーナが幼龍であり、力自慢の種族でなかったとしても、巨人族と比肩する基本剛力を備えている。龍族独自の強化秘法は言うに及ばずだ。


 場に愚か者はいない。その場にいた全員が、ありふれた棒切れにどれほどの力が秘められているかを感じ取っていた。


「これを見せられると、お前に蝕魔銀を売ったのが正解だったのか分からなくなるな」


「……では、次に三つ目の話をしましょうか」

面白い、続きが気になると思って頂けましたら、下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援して頂けると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ