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冒険者ギルドの記録員  作者: 六花葵
第一巻
11/21

記録6-1 身体能力は一般人。地球の知識で魔改造した「道具箱」こそが、世界を渡るチケットだ

翌日、珍しく早く目が覚めた。能力のおかげで、荷造りなんてのは簡単なものだった。 意外だったのは、過去に少しでも接点のあった人々が、申し合わせたかのように村の入り口に集まり、俺たちの門出を見送ってくれたことだ。 俺が馬車を走らせて村を離れると、彼らはまた、いつもの日常へと戻っていった。

馬車は、およそ道とは呼べないような荒れた路面を進み、大きな石に乗り上げては激しく揺れる。 正直、快適とは言い難い。異世界ものの物語なら、主人公が真っ先にスプリング(発条)を作って改善する場面だろうが、あいにく俺にはそんな工学知識はない。

たとえ知識があったとしても、それを鍛冶屋に説明して形にする術がなかった。 地球人だった頃から、俺の絵心は絶望的だった。異世界に転生しても、その天賦(?)の才能が変わることはなく、初めて理想の品を描き出し、意気揚々と鍛冶屋に持ち込もうとした際、マリーはそれを見て「何かの不思議な魔法陣かと思ったわ」と漏らした。

それ以来、俺は絵で何かを伝えることを諦めたのだ。

かつてマリーに、馬車の旅の不便さを軽減するアイテムのアイデアを話そうとした時も、彼女は全く興味を示さず、「あんたはまだ見聞が狭いわね」と笑うだけだった。

その後、村にやってきた高級冒険者たちの馬車を見て、俺は愕然とした。……浮いているのだ! そう、見間違いではない。浮遊しているのだ。 車輪は馬車の底に折り畳まれ、車体そのものが宙に浮いている。それを馬に繋がれた手綱一本で制御していた。

一瞬、魔幻の世界からSFの世界に迷い込んだのかと思った。馬車の車体そのものが中世レベルの工芸水準で、流線型の輝く金属造形ではなかったからよかったものの、危うく俺の世界観が崩壊するところだった。

魔法! 誰もが天賦の才能を持つこの世界において、魔法の領域に足を踏み入れるのは容易だ。だが、それを深めることこそが新たな門檻となる。魔法の才能に目覚めた者の大半は、一生を通じて覚醒時に得たその一つの技術しか使えない。

覚醒とは己の才能を知ることであり、その技能をどう使いこなすかは、知恵の領分なのだ。

一方で、魔導具の普及率は凄まじい。覚醒によって魔力を持つ者は多い。魔力があるからといって魔法が使えるとは限らないが、魔導具なら使えるからだ。

ゆえに「錬金術師」という職業は、狂気的なまでの集金能力を誇っている。 独創性と実行力のある錬金術師なら、「富可敵国(国に匹敵する富)」という言葉は比喩ではなく現実になる。かつて、一人の大錬金術師が個人的な恩怨から、大陸中等規模の王国に対して戦争を仕掛けたという記録がある。

その錬金術師の軍勢は全て傭兵で構成され、兵士から兵站に至るまでたった一人で支え、大量の錬金薬物を提供し続けた。 戦役は足掛け三年に及び、最後はその錬金術師が雇った暗殺者が王族を根絶やしにしたことで終結した。頭を失った大臣たちは降伏し、その国は新たな内乱へと沈んでいった。

歴史の記録には多かれ少なかれ誇張があるものだが、それでもこの記述には熱いものが込み上げてくる。 後の史学者や錬金術師たちは、その伝説の錬金術師が「点石成金(賢者の石)」の術を体得していたのではないかと推測している。さもなければ、現代で最も裕福な錬金術師であっても、三年にわたる戦争を維持することなど不可能だからだ。


だから、この世界がたとえ中世のような外観をしていても、錬金術や魔法の存在により、かつて科学がもたらした便利さは、この世界でも実現し得ないものではない。魔法という「理不尽」があるからこそ、この世界には前世の想像を超える事象が溢れているのだ。

浮遊する馬車なんて、一見すると滑稽かもしれない。科学の世界から来た人間なら、鉄鋼構造の自動車の方が安全だし、雨風も凌げると考えるだろう。だが、自動車の構造は大抵、あの高温で危険なエンジンを積むために設定されたものだ。 文明とは常に必要とされる方向へと発展する。

ここにエンジンはない。ゆえに旅の不快感を解決するという一点において、進化は止まったのだ。他の交通機関はどうだ? 飛行機? この世界には乗りこなせる飛禽がいくらでもいるし、何より自力で空を飛べる者だっている。 普及? この世界の多くの人々はまだ封建的な生活の中にあり、一生を自分が生まれた村で終える者も少なくない。

この世界には冒険者がいる。彼らの仕事は、危険な任務を通じて生活の報酬を得ることだ。謎に満ちたダンジョン、未知の死の地帯、記録にない魔獣、そして現れれば必ず史実に刻まれる魔王。 人類が住まう村など、相対的に安全な場所に過ぎない。

人里を離れれば、人間は食物連鎖の頂点などではないのだ。だから基本的には、冒険者か、さもなくば頭のネジが飛んだ奴でなければ、「自分探しの旅」なんてものはしない。


俺は馬車に揺られながら、そんな雑多な思考を巡らせていた。車廂の中で熟睡しているレシーナは、路面の凹凸など全く気にする様子もない。 エコロ村は、浮遊馬車を購入できるほど裕福ではない。そのため、俺が手に入る限り最高級の馬車を購入したところで、俺の胃袋は絶えず翻弄され続けている。

「くそ、マリーの奴……絶対浮遊の魔石を持ってたはずだ。俺を乗せていってくれたっていいじゃないか」 相手に届かぬと分かっていても、愚痴をこぼさずにはいられなかった。


旅はゆっくりと進んでいく。レシーナは安らかに眠り、俺たちの他に同行者はいない。 道中に響くのは、馬の蹄の音、鳥の囀り、そして車輪が立てるガタゴトという音だけだ。

分かれ道に差し掛かるたび、マリーから渡された地図を確認する。時折、攻撃的な野獣に遭遇することもあるが、運はいい。少なくともまだ魔獣の類には出くわしていない。


道具箱アイテムボックス」の能力を得てからというもの、俺はどうすればこの能力で安寧を得られるかを考えてきた。冒険者ギルドの記録員とは、後方で冒険者の活動を観察し、記録する仕事。戦闘に参加する必要はない……本来は、そういう職務だったはずだ。

だが記録員のランクが上がるにつれ、職務内容は真逆の方向へと傾き始めた。 時として救いの手を差し伸べ、戦闘に介入して冒険者を救出し、状況次第では人道的なしんがりを務める。そのため、俺はこの「道具箱」という能力を、いかにして戦闘技能へと転換するかを考えざるを得なかった。

幸い、俺が得たのは底知れぬ無限の空間だった。

幸い、俺には地球の知識があった。

最終的に、俺は道具箱を戦闘技能へと昇華させることに成功した。そのために、俺はかつてマリーと全力の戦闘テストを行ったことがある。

「あんたが何を考えてるのか、どうやって道具箱をそんな風に使うようになったのかは分からないけど……こんな使い道、あんたが初めてよ。他の誰にも真似できないわ。でも、これであんたはこの世界を渡り歩くための最低限のチケットを手に入れたわね」

それが、戦いの後にマリーが下した評価だった。 俺は地球の知識を利用し、道具箱の運用法を変えた。この世界に転生したとはいえ、俺の身体能力は所詮、一般人の域を出ないからだ。

マリーは言った。俺の身体機能は決して強くない。ごく平均的だ。魔法による強化を考慮しても、せいぜいA級冒険者のスペックを維持するのが限界だろう、と。 つまり、A級冒険者の技量を持つ者が相手なら、近距離で戦えば俺に勝ち目はない。 A級冒険者は人類の中ではエリートだが、人外の領域を含めれば、決して絶対的な存在ではない。

この世界へと踏み出すには、相応の力が必要なのだ。

マリーの評価は、俺に一定の自信を与えてくれた。あの日のマリーが本気で戦っていたのかは分からないが、流石は冒険者に最も適した能力の持ち主だ。その身体機能は人間離れしており、俺が必死に鍛えた動態視力でも、彼女の動きを捉えるのが精一杯だった。

マリーと辛うじて引き分けた後、彼女は丁寧に身体強化の方法を教えてくれた。 だが最も重要なのは反応速度だ。ベテラン冒険者である彼女は、俺の反応速度が能力の強度に直結することを見抜いていた。 あの特訓の日々を思い出すだけで、涙が出てくる。


「レ……お腹すいた……」 レシーナが起きて開口一番に口にしたのは、お腹の心配だった。 太陽の位置を見るに、いつの間にか昼を過ぎている。

旅における最大の難問である供給の問題も、俺とレシーナにとっては問題ではない。

「強迫観念」に近いものがある俺は、一食食べるごとに、二食分の食糧を道具箱へ補充せずにはいられないのだ。 もちろん毎回ではないが、美味いと思ったものや、使えそうだと感じたものは、金がある限り必ず予備を買っておく。

現在、空間内にどれほどの食糧があるか把握しきれていないが、補給のない場所に閉じ込められても、三年は生き延びる自信がある。そしてこれからの旅で、その戦術備蓄は増える一方だろう。 俺はレシーナの好物を道具箱から取り出した。空間から出てきた料理からは、まだ湯気が立ち上っている。


「レ、あとどれくらいで着くの?」

「少なくとも数日はかかるだろうな」 マリーの地図から推測するに、今の移動速度では数日というのもかなり保守的な見積もりだ。

「ふーん」 レシーナは答えを得ると、黙々と食事を始めた。

「…………」

「ねえレ、学院に行かなかったら、次は何をするの?」

「そうだな……あちこち見て回って、この世界の広さを知りたいかな。それから、可愛い女の子と付き合って、結婚できたら最高だ」 そう! これこそが俺のこの世界での最大の願望だ。 すると、俯いていたレシーナが猛然と顔を上げ、右手で俺の衣の裾を掴んだ。

「可愛い女の子って……ナナより可愛いの?」 今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめるレシーナに、胸が締め付けられる。

レシーナは美しい。まだ幼いとはいえ、将来性は約束されている。それに時折、彼女の外見は俺の理想とする姿に合わせて変化しているのではないかと錯覚することすらある。 自分ののようなものだから最高だと思い込んでいるのか。 それとも本当にレシーナが理想化されているのか。

そんなことはどうでもいい。ただ、彼女にそんな表情をさせてはいけないことだけは確かだ。

「そんなわけないだろ。レシーナは俺にとって、いつだって世界で一番可愛いよ」

「じゃあ、レは他の人と結婚するの?」

「それは、まあ普通はそうなるだろ。レシーナほど可愛い子はいないだろうけど、近い子ならいるかもしれないし。レシーナはランクが高すぎるからな」 突如、レシーナは口を尖らせると、持っていた食べ物を車の外へと放り投げた。

「レのバカ!!!」

「えっ、どうしたんだ?」

「…………」

「レシーナ?」 呼びかけにも反応せず、彼女は車廂の隅で膝を抱えて丸まってしまった。 ……これが思春期の反抗期ってやつか? 女心は難しい。


私はレシーナ。名前はレが付けてくれた。 種族は虚空の龍。人間の伝承では「孤独な種族」とされている。 龍族の伝承は「生而知之(生まれながらに知る)」。脳内の知識は、人間たちの理解が間違いではないと告げている。

虚空を彷徨うのは、多くの虚空の龍にとってのことわりだ。 けれど虚空はあまりに広すぎて、長い寿命を持つ龍族であっても、一生のうちに同族と巡り会うことは稀だ。そんな常識を、私は殻の中から出る前から理解していた。 母様が私を産み落とし、意識が芽生え始めてから、母様の気配を感じたことは一度もなかった。


けれど八年前。温かくて懐かしい気配が、私を守る殻に触れた。 同族の気配ではないけれど、どうしようもなく恋しくなるような感覚。 だから私は、待ちきれずに殻を破った。 まだ殻の中での成長を終えていなかった私は、必死に殻を叩き割った。

殻はまるで自意識があるかのように、私がまだ外の世界に耐えられないことを知っていて、頑固なまでに私を閉じ込めていた。 ようやく殻が割れた。私は真っ先に頭を突き出し、恋しい匂いの主を確かめようとした。 そこにいたのは、人間のオスの幼体。

彼からは、微かだけれど虚空の龍である私にしか分からない「虚空の特性」が感じられた。 けれど、無理に殻を破って出てきた私は、あまりに脆かった。 私は殻の中に残された虚空のエネルギーを吸収するために戻った。けれどその過程に集中しすぎてしまい、気がついた時には、その人間の幼体は私を置いて去ってしまっていた。


どうしてか、あの時、私の心はとても悲しかった。とても、とても悲しかった。 龍族として、そんな些細なことで感情を揺らすべきではないのに。けれど本当に悲しくて、理不尽さと心細さで胸が詰まりそうだった。 私は泣きじゃくった。

産み落として去っていった母様に対しては、当時はまだ意識がなかったから「捨てられた」という実感がなかった。けれど今回は、はっきりと取り残された絶望を感じたのだ。 誕生直後、強引な孵化による衰弱、そして強烈な感情の波。

龍族といえど、当時の幼い私にとっては死に直結する未来だった。 次第に声も出せなくなり、体は冷たくなっていく。伝承の知識が、死の訪れを告げていた。 虚空の龍は、なんて孤独で、けれど温もりを渇望する種族なのだろう。 たとえ一瞬であっても、命の短い私にとっては永遠に等しい時間。


「ったく……」 その人間の幼体が戻ってきた。彼は私を腕の中に抱き、言葉の分からない愚痴をこぼしていた。けれどその瞬間、世界中の善意に包まれたような感覚がした。心の底から温もりが溢れ出した。 あの日から、私にとって一番大切な存在は、このレストという人間のオスになったのだ。

……それなのに! 彼は私の前で、可愛い女の子と結婚するなんて言った! 私に一番大切な「逆鱗」に触れさせておきながら、他の子と結婚するなんて! 逆鱗に触れることの意味を彼には教えていないけれど、そんなの知っていて当然じゃない! もう口をきいてあげない。謝られても無視する。

美味しいものをくれても無視する。

頭を撫でられても……不、不可。やっぱり無視。

私だって怒るんだってことを教えてあげなきゃ。

龍族の伴侶になる人が、二股なんて許されるわけない。それに、彼はマリーに抱きしめられていた。マリーは毒婦だから気をつけろって、いつも私に言っていたじゃない。

これが人間の移り気なの? 許せない! 脳内にはたくさんの知識があるけれど、応用したことがなければ机上の空論に過ぎない。人間の社会の習慣を、もっと学ばなきゃ。


突然、背中から抱きしめられた。レストが私を腕の中に閉じ込めた。

「もう怒るなよ。ほら、あーん。これやるから」 くっ、卑怯。私を抱きしめて、頭を撫でて、その上好物のオヤツまでくれるなんて。 ……今度だけだよ。

次は許してあげないんだから。

私は不承不承、口を開いた。レストの差し出したオヤツを、ぱくりと受け入れた。

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