第3章:旅の始まりと境界線
母親が「酸素債務超過」という冷酷な名目で企業に回収されて以来、アシガラ地区に残されたKINTAROの心は、ただ一つの決意に支配されていた。システムログに残らない、あの純粋な感情——「この世界、壊れてる」という天命。
彼は、母親が最後に強く押しつけた、古く傷んだデータチップを握りしめた。
もう、恐怖に立ちすくむ時間はない。企業の回収部隊が遠ざかった直後、KINTAROは行動を開始した。彼の目的は、この歪んだシステム自体の中枢、企業領の最深部にある「ゼウス・コア」へと乗り込むことだった。
スラムの外壁は、企業領への立ち入りを禁じる巨大な障壁だった。KINTAROはハッキングツールを取り出し、母親のデータチップをそこに差し込んだ。
赤い監視ドローンのレーザーが、彼の頭上を何度も走査する。しかし、システムがエラーを検知する直前、ツールが電子音を上げた。偽造IDの生成が完了したのだ。
KINTAROは、汚れた外壁をよじ登り、厳重な監視網をかいくぐって、初めて「外の世界」へ踏み出した。
背後で、生まれ育ったアシガラ地区のネオンと、粗悪な空気フィルターの駆動音が遠ざかっていく。彼を迎えたのは、純度の高い人工雨と、耳をつんざくような無機質な企業賛美の宣伝音声だった。
企業領は広大だった。KINTAROは「雲上データセンター」を目指し、ひたすらにコードの光が走る道を突き進んだ。
やがて、旅は物理的な領域を越える。
彼は厳重な生体認証ゲートを突破し、次の領域、**「量子境界層」**へと足を踏み入れた。そこは仮想空間と現実が溶け合う、曖昧な場所だった。
一歩踏み出した途端、足元の実体が消えた。彼の身体は激しい光に包まれ、電子的な粒子へと分解されていく。データストリームへと変換される感覚に、KINTAROは耐えた。
この境界線を越えた先は、人間の法律も企業の規約も通用しない。肉体を持つ者は、もはや「バグ」として即座に削除対象となる極めて危険な領域だった。
KINTAROはデータとなって、この危険な境界層の奥深くへと飲み込まれていった。彼の冒険は、今、物質世界からデジタル世界へと移行したのだ。




