第2章:天命
アシガラ地区は、スラムの中でも特に過酷だった。企業が管理する「市民スコア」がこの地区の住民を常に監視し、少しでも基準値から外れれば、即座にシステムが発動した。
その夜も、粗悪な空気フィルターのゴボゴボという駆動音と、上空から流れる無機質な企業賛美の宣伝音声だけが響いていた。
KINTAROの母親は、ここ数週間、市民スコアの低下に苦しんでいた。彼女の持つクレジットでは、アシガラ地区で必須とされる新しいフィルターを購入できず、古いフィルター越しでしか吸えない空気 の質が、スコアを容赦なく引き下げていった。
そしてついに、最悪のエラーコードが点滅した。
「警告:市民番号 933-A。酸素債務超過確認」
その声は、街中に響く宣伝音声とまったく同じ、感情のない女性の声だった。
金属の軋む音とともに、企業の回収部隊がKINTAROたちの住居のシャッターをこじ開けた。彼らは黒い強化スーツに身を包み、人定とデータ回収のためだけにプログラムされた機械のようだった。
「お母さん!」KINTAROが叫んだ。
母親は、怯えるKINTAROを抱き寄せようとしたが、回収部隊の冷たい光線が彼女の身体を硬直させた。
「対象を回収します。これは社会の最適化、および安定したスコアシステム維持のための必要な『誤差』です」
彼らにとって、母親は一人の人間ではなく、ただの処理すべき債務超過データに過ぎなかった。
母親は最後に、古く傷んだデータチップをKINTAROの手に強く押しつけた。
「これを、持っていて」
彼女が連れ去られる瞬間、KINTAROの視界に一瞬、システムエラーのような赤い閃光が走った。肉親を奪われた痛み、無力感、そしてこの世界に対する説明のつかない不快感。
システムログには残らない、ただの、純粋な感情が彼の心に突き刺さった。
「この世界、壊れてる」
それが彼の天命となった。
K
INTAROは冷たい床に座り込み、手が熱くなるほどデータチップを握りしめた。もう二度と、市民スコアや企業規約によって、大切なものを奪われるわけにはいかない。
背後の回収部隊の足音が遠ざかると同時に、KINTAROは立ち上がった。
彼は決意した。この歪んだシステム自体に立ち向かい、母親が「誤差」として削除された企業の中枢へと乗り込むことを。
旅立ちの準備は、すでに整っていた。




