第1章:フィルター越しの日常
ネオンに染まった巨大なメガタワーの影、その最下層に広がるのは、違法労働区画「下北スラム」だった。そして、その中でも最も深く、最も過酷な場所に、**「アシガラ地区」**があった。
空を覆うのは、本物の太陽ではない。常に製品を賛美し、市民の欲望を刺激し続ける、広告ホログラムの光だけだ。
このスラム、特にアシガラ地区の住人にとって、生きていくことは許可と、絶え間ない課金の連続だった。企業が導入した厳格な**「市民スコア」は、この地区の住人を常に崖っぷちに立たせていた。スコアが低ければ、生存に必須である呼吸すら課金対象**となる。
アシガラ地区の空気は、フィルターの交換サイクルが最も遅延しやすい場所だった。住民は、常に埃と化学物質の匂いが混じった粗悪なフィルター越しでしか空気を吸うことが許されなかった。
少年 KINTAROは、この息苦しいアシガラ地区で育った。彼はスラムの片隅で、企業が投棄した違法なジャンク品の修理を請け負い、わずかなクレジットを稼いでいた。彼の日常は、監視ドローンが赤いレーザーを走らせる音と、古くなった空気フィルターの、ゴボゴボという低い駆動音に彩られていた。
KINTAROは、流れてくる無機質な企業賛美の宣伝音声を聞きながら、幼い頃からこの全てがデータと規約によって支配されている現実に、漠然とした違和感を抱き続けていた。
彼は知っていた。この世界は、誰かの都合で完璧に作り上げられたシステムであり、その完璧さが、最も大切なものを容赦なく「誤差」として削除する脅威であることを、まだ悟る寸前だった。
アシガラ地区のフィルター越しの生活——この歪んだ日常こそが、後に彼の**「この世界、壊れてる」という天命** となる、静かなる怒りの前触れであった。




