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無能/問題児たちの絆

作者: ファイアス
掲載日:2025/11/02

「ザント、お前は今日で追放だ!」


 冒険者パーティのリーダー・グルガが仲間の追放を宣言する。

 ザントは自他ともに認める無能で、冒険者パーティの一員としてほぼ活躍できていなかった。

 しかもザントはグルガと同じ戦士であり、役割がかぶっていた。

 グルガは彼らの中で一番の実力者であり、その実力差は明らかだった。


 ザントが役立つ場面は、主に体を張って自ら罠に引っかかるときだ。

 彼が罠に掛かったことで、他の仲間が傷つかずに済んだことは多い。

 しかし、彼が幾度となく罠に掛かるのは命令に従い体を張っているからではない。

 彼自身の不注意が原因で毎回痛い目を見ているだけだ。

 つまり役立つ理由も、彼の無能さが理由だった。


 毎回罠の犠牲になるザントは大怪我を負うこともある。

 そんなときは治療のために仲間たちもろとも足止めを食らっていた。

 そのため、結果的に役立つ場面の振る舞いさえ問題視されていた。


「そんなぁ……」


 ザントの言葉にグルガ以外の仲間たちは「ま、仕方ないよね」と様子を見守るだけだった。

 彼らはザントのことを嫌いではない。

 むしろ共にいて楽しい仲間と思われていた。

 悪意に鈍感で堂々とバカにしてもトラブルにならないからだ。


 大したことない連中が、頭の弱い仲間を見下して悦に浸っている。

 外部の冒険者たちからはそんな風に思われていた。

「みんなに虐められてるザントくんが可哀想」と口にする者は多い。

 それでもザントは彼らを大事な仲間だと思っていた。


「お前は足を引っ張るだけで、役立つことがねぇんだ!むしろ今まで付き合ってきた俺たちに感謝しろ!」

「はい……」


 グルガの言葉は正論だった。

 だからザントを擁護したくても、誰も口を挟めない。

 しかし、ザントが大事な存在だったと気づいたのは彼が追放されてからだった。



 ****



 ザントが追放されてから2日目の昼間、早くも問題が発生した。


「おい、ルビー。回復がおっせぇんだよ!」


 グルガはパーティの一員であるルビーにもう少し早く回復しろと要望を突きつけていた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 しかし、グルガの言葉を聞いたルビーは気が動転してしまい、彼に何度も回復魔法をかけながら謝罪する。

 その場をしのぐことに必死で、今後どうすればいいかと考えている様子は全くない。


「余計な回復はしなくていいんだよ!」

「は、はい……」


 グルガの傷はすでに十分癒えていた。

 ルビーの行いは明らかな過剰回復であり、魔力の無駄遣いでしかない。


「あっ……」


 ルビーは慌てて回復魔法を繰り返したことで、予定外の魔力切れを起こしてしまった。

 仲間のルイゼットは彼女の状況に気づいて、これ以上の探索は危険だと判断した。


「私のせいでごめんなさい」


 ルビーはひたすら謝り続けた。

 彼女もまた自他ともに認める無能だった。

 回復魔法、毒や麻痺など治す治癒魔法、筋力増強やシールド展開を行う補助魔法など、ヒーラーとしての基本魔法は全て押さえているもののいずれも初級魔法しか扱えない。

 戦闘以外では非力さが目立ち、力仕事ではザントにも劣る。


 幼少期のルビーは高圧的で暴力的な父親にいつも怯えていた。

 だから、言葉遣いの乱暴なグルガが苦手だった。

 グルガは彼女の父親のような感情任せに暴力を振るう人間ではないし、今だって怒っていたわけではない。

 けれども、乱暴な言葉遣いを恐れるルビーは彼の言葉を適切に受け止めることはできなかった。


「はぁ……」


 探索を終えて、皆と共に宿へ向かったルビーは部屋の片隅で一人溜息をつく。

 悪いのは自分だ。

 けれどザントがいたら、グルガの叱責を受けるのは彼だったのに……

 そんな考えが頭に浮かんだ。


「追放しなくてもよかったのに」


 ザントが追放されたことで、彼への分け前がなくなり、一人当たりの報酬は増えた。

 けれど、抱え込むストレスも増えていた。

 心の安寧を願うルビーにとって、それは悪い変化としか思えなかった。



 ****



 翌日、昨日の仕事を終わらせるべく集合場所へと集まる。

 しかし、ルイゼットの姿がない。


「ルイゼットはまた遅刻か」

「多分そうだろね」


 ルイゼットはサブリーダーで、グルガが判断に迷った時に意思決定する役割を担っている。

 戦闘では弓を用いるが、活躍を期待されることはない。

 彼の担当はアイテム鑑定であって、戦闘への参加はおまけだからだ。


「当該の魔物を倒すだけだし、あいつはいなくてもいいんじゃない?」

「それもそうだな」


 グルガは仲間の魔女メリルの言葉に同意する。

 ルイゼットは軽んじられているわけではない。

 だが、今回は彼がいなくとも問題ない。

 そう判断され、ルイゼットを宿に残したまま魔物の討伐に向かった。


『がるるるるるるぅぅぅ』


 森の深部へ辿り着くと、狼の魔物が立ち塞がった。

 今回の討伐ターゲットだ。

 グルガは率先して、魔物に立ち向かい傷を負わせる。

 彼が魔物と戦い始めると、メリルも魔物に向けて魔法を放った。


 ドカーンという音と共に爆発が起き、魔物はメリルの魔法に焼き尽くされた。

 討伐は無事完了した。


「ごほっ、ごほっ、おいメリル!」

「いやー、このほうが効率いいじゃん!」

「否定はしねぇが、少しはお前に巻き込まれる俺のことも考えろ!」


 メリルは魔法を放つとき、当たり前のようにグルガを巻き込む。

 そのほうが効率的に敵を処理できるからだ。

 メリルはグルガのパーティ内で一番成長が目覚ましい。

 それゆえに魔法に巻き込まれるグルガは彼女が成長するほど、傷を負うことが増えた。

 グルガが戦闘で傷を負う原因は魔物が1に対して、メリルの魔法が9と言ってもいい。

 それだけメリルは彼を傷つけることに躊躇いがない。


「メリルさん、彼を傷つけるのが目的になってませんか?」

「前衛がグルガだけになったから、躊躇なく魔法をぶっぱなせるだけだよ」


 メリルの危険な戦い方がエスカレートしていたのは、ザントの離脱が原因だった。

 ザントを下手に巻き込めば、彼はメリルの魔法に耐え切れずに死亡してしまう。

 だから彼女なりの配慮をしていたのだ。


 ルビーはメリルの魔法でボロボロになったグルガの傷を癒す。

 こうした戦い方ができるのは回復魔法が使えるルビーのおかげだ。


「ルビー、お前はいつになったら中級魔法を使えるんだ?」


 だが、グルガは中級魔法を使えないルビーに成長を煽る。


「うぅ……」


 グルガはもっと役立つ人材になってほしいと思ったことを口にしただけに過ぎない。

 しかし、ルビーは彼の言葉が痛いほど胸を突き刺していた。

 いつまでも中級魔法すら使えない自分は無能で役立たずだ。

 こんな私では彼らに迷惑を掛けてしまい、足を引っ張り続ける。

 そんな私なんていなくなってしまえばいい。

 ルビーはそうした劣等感を募らせていくばかりで、グルガの言葉が成長に繋がることはなかった。

 むしろ余計な思考にエネルギーを割いてしまい、成長から遠ざかっていた。



 ****



 ザントが追放されてから8日目、事件が勃発した。

 ルビーが姿を消していた。


「ルビーはどこに行った?」

「え、聞いてないよ」

「ルイゼット、お前は何か知ってるか?」

「僕も聞いてませんけど、多分グルガさんの言葉に耐え切れなくなったんじゃないですか?」

「はぁ?」


 ルイゼットの分析は皆から信頼されている。

 それだけにグルガは驚きを隠せない表情だった。


「ザントがいなくなって、自分はあいつよりマシだって安心できなくなっちゃったもんね」


 メリルはルイゼットに同調するように、ルビーの心情を分析する。


「それに今まではザントくん以外、あまり問題点を指摘されませんでしたからね」


 ザントはグルガの暴言に対する避雷針として機能していたとルイゼットは説明する。


「言われてみりゃ、最近ルビーにあれこれ言うことが増えてたかもな」


 グルガは最近の言動を思い返す。

 決して悪意を込めた発言はしていないが、荒々しい彼の言葉は臆病で自己肯定感の低いルビーには猛毒だった。


「グルガってデリカシーないもんね」

「おいメリル、お前にだけは言われたくねぇよ!」

「私はグルガみたいなこと言わないよ?」

「確かに俺とお前はちげぇが、悪意のある分、お前のがタチ悪いだろ!」

「逆、逆!悪意のないほうがよっぽど残酷なんだって」

「はぁ?」


 メリルは平気で他者をバカにし、グルガを魔法で巻き込むような問題児だ。

 しかし、グルガとは決定的な差があった。

 彼女は自分の行為や言葉に対して、相手がどう思っているかを適切に判断できていた。

 だからメリルは平気でグルガを魔法で巻き込むし、ザントやルビーのことは堂々とバカにするが、成長を煽ることはなかった。


「メリルさんの言う通りだと思いますよ」


 ルイゼットはメリルの言葉に同調する。

 悪意で放たれる言葉なら、言われたことを受け入れればいいだけだ。

 だが、成長を煽る言葉は「応えなくてはいけない」と重圧をかけることになる。

 だから、ルビーは「お前ならもっと強くなれる」と期待を込めて鼓舞するグルガよりも、「無能は無能だからね」と可能性を否定するメリルのほうが容易く受け入れられた。

 無能を笑うだけで怒らないメリルは、成長を期待していないからだ。


「おいおい……」


 グルガは二人の言葉に理解が追い付かなかった。

 人間は成長を望む本能があり、生きていくためには成長が不可欠だ。

 だから、力を引き出そうとするのは自分なりの優しさだと考えていた。


 ルビーは無能だが、ザントのような役立たずではない。

 それにルビーのようなヒーラーは貴重な人材だ。

 だからザントを追放したグルガも、ルビーは連れ戻すべきだと考えていた。


「ルイゼット、ルビーがどこに行ったか分かるか?」

「それは僕も見当が付きません。ただ、彼女一人ではあまり戦えないので、魔物のいる場所には向かわないと思います」

「それだけだと範囲が広すぎるな……」


 この地域では街道に魔物が現れることは滅多にない。

 そのため、別の国や街へ向かった可能性も否定できない。

 捜すことは困難だ。


「手分けして探しましょうか」

「そうだな」

「分かりました」


 メリルの案に従い、三人はルビーの捜索を開始した。

 捜索を開始したメリルは冒険者ギルドへと向かっていた。

 すると、そこにはルビーとザントが同じ席で酒を飲み交わしていた。

 ルビーをすぐに見つけたメリルだったが、すぐには声を掛けず、少し離れた席で酒を飲みながら二人の様子を見守ることにした。


「ザントはあれから新しい仲間を見つけられた?」

「見つけることはできたよ」

「含みのある言い方ね」

「うん、もう解散しちゃったんだ」

「え、何があったの?」

「もう僕に付き合いきれないって……」



 ****



 グルガのパーティを追放されてからのザントは、冒険者ギルドで再び仲間を募っていた。


「あのー、僕と一緒にパーティを組みませんか?」


 明るい表情で仲間を募るザントの元には、すぐに人が集まった。

 彼は何もできない無能だが、愛嬌だけはあった。

 そのため、第一印象は非常に良い。

 しかし、冒険を始めると彼はすぐに愛想を尽かされた。


 武器も魔法もろくに扱えないのはもはや些細なことだ。

 体力がなく、すぐに休息を挟もうとする。

 あまりの非力さに重い武器は持つことさえままならない。

 日常生活でも問題は絶えない。

 物を渡せば宿に置き忘れてしまう。

 人通りの多い場所へ向かえば、目を離すとすぐ迷子になる。

 治安の悪いエリアを歩けば、気づくと怪しい人物に騙されている。

 そんな彼への不満はすぐに爆発し、集った仲間は三日で離れていった。


 過去にもザントの仲間として集った冒険者はたくさんいた。

 彼には人を引き付ける能力があるからだ。

 けれど、みんなザントの元から離れていった。


 ザントには向上心がない。

 なんとなく冒険者として名声を得られたらいいなと、ふわふわした感情でいる。

 だから、成長を期待して近づいてきた者を彼は悉く失望させていた。


 成長を求めない人々もいた。

 愛嬌のあるザントなら、仲良くやっていける。

 いつも酷い扱いを受けている彼を助けてあげたい。

 そう思って近づいてきた人達でさえ、しばらくすると何も言わずに離れていった。

 目を離したらすぐに迷子となり、悪徳商人のカモにされている彼と付き合うのは、もはや介護に等しいからだ。



 ****



「なんかザントの話を聞いてたら安心した」


 ルビーは彼の話を聞き、自分は彼より全然マシだと安心感に浸る。

 彼は私よりずっと無能だ。

 彼と同じところまで落ちないように頑張ろう。

 ルビーはそんな感情を抱き、「私って最低だな」と思いつつも、彼を仲間に連れ戻したいと願った。

 彼と共にいれば、自尊心を保つことができる。

 そんな歪んだ感情に動かされ、ルビーはザントと共に冒険者ギルドを後にした。


 二人を追うメリルに、別行動をしていたルイゼットも合流した。


「話しかけないんですか?」

「少し様子を見たいじゃん」


 メリルは悪戯心も兼ねて、彼らの様子を見守り続けた。


「そういえば、グルガは?」

「まだどこかで必死に探してると思いますよ」

「それもそっか。ルビーを意気消沈させたのは、あいつのせいだもんね」


 メリルは一応グルガのことを訊ねたが、彼は一人でも困らないとし、気に掛けることはなかった。

 ザントとルビーは街の外へと歩き出す。

 二人に仕事を請け負った形跡はなく、気晴らしに弱い魔物を蹴散らすつもりだろう。

 二人とも無能とはいえ、街のすぐ近くにいる魔物相手なら心配ない。

 ルビー一人でも十分倒せるからだ。

 メリルとルイゼットは二人を追い掛ける。


「ふぅー……」


 街の外で低級モンスターを倒したルビーは、リラックスした様子で深呼吸をする。


「やりましたね」

「うん」


 二人が倒したモンスターは武器を持たない子供でも退治可能な雑魚モンスターだ。

 そんな魔物を倒しただけで満足することに二人の意識の低さが現れていた。


「よっ、お二人さん」


 様子を見守ることに飽きたメリルは、二人の前に姿を現し、声をかけた。


「お久しぶりです」


 メリルとルイゼットの姿を見たザントは、晴れやかな表情で挨拶をする。

 一方のルビーは赤面していた。

 武器を持たない子供でも倒せる雑魚モンスターを退治して、「どうよ」といった態度でザントに誇らしげな表情を見せていたからだ。


「あっははは……」


 恥ずかしげに笑うルビー。

 その表情をニヤニヤと笑うメリル。

 純粋に再会を喜ぶザントは、そんな二人の心情は読み取れなかった。


「ところでこれからどうするんですか?」


 三人の心情に興味のないルイゼットは、次の方針をどうすべきかと口にする。


「どうするってグルガを探すに決まってるじゃん」


 ルイゼットの質問にメリルは即答する。

 しかし、ザントは追放された身で、ルビーはグルガに嫌気が差し逃げ出した身だ。

 そのため、二人はグルガとの合流を望まなかった。


「今、あの人と合流するのは避けたいかな……」

「僕はまた出ていけって言われちゃいますよね」

「えー……」


 二人の言葉にメリルは困惑する。


「それじゃあ、しばらくはグルガさんを除く四人で活動するのはどうでしょう?」


 二人の様子を見兼ねたルイゼットは、グルガとしばらく離れて活動すべきだと提案をした。

 ザントとルビーは即座に彼の意見に賛同した。


「なんかグルガが悪いみたいになってない?まあ、あいつが悪いっちゃ悪いけどさ」


 メリルはグルガがトラブルの原因であると認めつつも、彼一人を責め立てるのは違うと思っていた。

 彼は口が悪いだけで身勝手ではないし、仕事は誠実にこなしている。

 そんな彼を悪者扱いするのは間違っている。


「彼を咎めるんじゃなくて、あくまで距離を置くだけですよ」

「あー、そういう判断ね」


 ルイゼットに諭されたメリルは、グルガと距離を置くことに同意する。

 話がまとまると、メリルは一人合流場所で待機していたグルガへと一連の流れを説明した。


「俺がいなきゃ仕事にならねぇだろ!」


 仕事の大部分を一人でこなしてきたのはグルガだ。

 俺がいなければ、まともに食っていくこともできないだろう。

 この提案をしたルイゼットは責任感のない男だ。

 メリルはそれを分かっているのだろうか?


「ルイゼットがいれば平気でしょ」


 サブリーダーを務めるルイゼットがいれば、パーティを適切に導くことができる。

 メリルはそう信じていた。


「そうかよ」


 グルガは悪態をつきながらも、メリルの伝達を了承した。

 十日後に再びこの場所で合流する約束をした上で……



 ****



 グルガと距離を置いた四人は早速冒険者ギルドで仕事を探し始めた。

 しかし、早速問題が生じた。


「これでどうでしょう?」


 ルイゼットは現在の四人でできる仕事はこれだと選定する。


「これは報酬がまずくない?」


 ルイゼットの案にメリルが意見した。


「私はこれのがいいと思うんだけど!」

「それはグルガさんがいないと危険です」


 今度はルビーはメリルの提案に反対意見を出す。


「これは力仕事だよね」

「この魔物なら私が魔法で一掃すればいいけど、ザントが耐えられないよね」

「この依頼は汚物塗れになりそうで嫌かな」


 ルイゼット以外の三人はあれもダメ、これもダメと主張を繰り返す。

 そうした三人をよそにルイゼットは無言を貫く。

 その様子にメリルは不思議そうにルイゼットを見つめた。

 サブリーダーである彼が決断をすれば済むはずだ。

 なのに、彼はどうして口を開かない?


「ねぇ、ルイゼットは何も言わないの?」

「僕は最初に提案しましたよ」

「それはそうだけど、それから何にも言わないじゃん」

「判断を委ねられてないみたいですから」


 委ねられていないと判断したら、傍観に徹する。

 ルイゼットはそういう男だ。

 彼はこうした性格だから、トラブルの火種になることはあまりない。

 しかし、リーダーの代理としてはあまりにも不適切な判断だった。


 ルイゼットは商人の家に生まれ育った。

 厳しい父に商品の素材や価値を叩き込まれて、有利な取引をできる交渉術も学んでいた。

 けれど、彼は商人として成功しなかった。

 何せ彼には主体性がない。

 頼まれれば引き受けるが、自分から何かしようという気概が全くないのだ。

 さらに周囲の意見に流されやすい。

 父の厳しい教育が裏目に出てしまい、自分の貫きたい価値観を育めなかったためだ。

 自由を望まない彼は、自分を振り回す冒険者を求めて冒険者ギルドに足を踏み入れた。

 そんな彼にグルガの代理は務まらない。

 彼はパーティの参謀になれても、リーダーにはなれなかった。


 冒険者ギルドの依頼を眺め始めてから数時間後、ようやく請け負う依頼が決まった。

 その依頼は結局最初にルイゼットが提案した依頼だ。

 そんな長考の果てに選び抜かれた依頼もスムーズに達成できなかった。

 依頼が大変だったからではない。

 パーティとしての意思決定がまとまらないからだ。

 この問題に業を煮やしたメリルはルイゼットが指揮を執る想定でいたが、委ねられない限り意思決定をしない彼に変わって自分がグルガの代理を務めることに決めた。


 メリルが指揮を執るようになると、大量の魔物を見かけたときに最初に取る行動はルビーへの指示だった。


「じゃ、いつも通りザントを捕まえておいて」


 戦士であるザントは魔物を見れば、すぐに前へと出る。

 出るなと言われてもお構いなしだ。

 そうした彼の振る舞いが原因で、メリルは思う存分魔法を放てないことから、ルビーに彼の管理を任せるようになった。

 彼が邪魔しなければ雑魚の群れは簡単に片付く。

 そうすることで簡単な依頼はスムーズにこなせるようになった。


「僕ももっと戦いたいんだけど!」

「えー……」


 戦闘中いつもルビーに抱きかかえられるだけで、何もさせてもらえないザントはメリルに不満を漏らす。

 何もしないどころか足を引っ張るだけの彼に向けて、仲の良い少女に抱きかかえられる機会を提供したのだ。

 感謝こそされても、不満を漏らされるとは思ってもいなかった。

 戦闘に関する依頼はもはやメリルが一人でこなしていたと言っても過言ではない。

 そんな状況下で聞かされたザントの不満には、彼女も限界だった。


「ねぇルビーさ、こいつのこと魔法で巻き込んで殺してもいい?」

「だ、ダメですよ」


 メリルはザントの意見を聞かなかった。

 彼女にとってザントは、ルビーをパーティに残留させるために必要な維持装置でしかない。

 好き勝手揶揄える相手としては面白いが、管理するのはあまりにも苦労させられる。

 それに揶揄える相手は一人で十分だ。

 だからメリルはルビーを残留させられれば、ザントがいなくても困らなかった。

 だけど、ザントを再び追放すれば、ルビーまでいなくなってしまう。

 そんな状況に彼女はグルガの重要性を再認識させられていた。


 そもそもメリルは他人に気を遣うのが嫌いだ。

 彼女は昔のパーティ仲間も平気で攻撃魔法に巻き込んでいた。

 魔物を効率よく倒しつつ、自分の魔法でボロボロになった戦士の顔に快感を覚えたからだ。

 彼女はそうした行為、性格が問題視されて、パーティを追放されていた。

 そんなときに出会ったのがグルガだった。

 出会った当初は彼の足元にも及ばなかった。

 だから、ためらいなく彼を魔法で巻き込むことができた。

 自分の魔法では傷一つ付けられないからだ。

 むしろ彼に怪我を負わせられるくらい強い魔導士になりたいと、向上心を燃え滾らせていた。

 しかし、今の状況はどうだ?

 弱い仲間に配慮して、しょうもない雑魚を始末して、最低限の報酬のために冒険者をやっている。

 私の求めた冒険者としての生き方はこんなつまらないものではない。


「ねぇ、グルガを迎えに行かない?」


 リーダー代理を務めることに疲れたメリルは、グルガとの合流予定日を前倒しすべきだと提案する。


「ザントのことは私が口添えするからさ」

「僕はそれでいいよ」


 メリルはルビーに向けて言ったつもりだったが、真っ先に返事をしたのはザントだった。

 彼の返事に悪意は全くない。


「はぁ……」


 メリルはため息をつく。

 何で申し訳ないとも思わないんだとザントに苛立ちを募らせる。

 けれど、メリルは彼に何も言い返さなかった。

 ザントにそうした指摘をしても理解する頭がないバカだと知っていたからだ。


「……」


 ルビーは不安そうにメリルを見つめる。


「ルビーのことも説明するって!」

「はい、お願いします……」


 ルビーの心情を汲み取ったメリルだったが、それでも彼女の不安は消えなかった。

 メリルはルイゼットに彼女へのフォローを任せると、一人グルガの元へ合流予定日の前倒しを伝えに向かった。



 ****



 そして二日後、グルガとの合流場所に四人は集まっていた。

 しかし、彼は一向に姿を現さない。

 彼は約束時間に遅れるような人物ではない。

 何かあったのだろうか?

 四人は冒険者ギルドに向かい、マスターにグルガのことを訊ねた。


「彼なら昨日、南の山岳地帯でデモンズビーストの討伐に向かったよ」

「あいつ、バカなの?」


 デモンズビーストはここ最近急増した魔物で、討伐依頼が頻繁に出されていた。

 だが、生活費目当てに討伐依頼をこなす冒険者なら、今の時期にデモンズビーストの討伐を普通は引き受けない。

 なぜなら今は繁殖期であり、巣を守るために狂暴化している。

 しかし、討伐報酬の相場は一年中変わらない。

 だから、デモンズビーストの討伐に向かったと聞いたメリルは、彼の判断に呆れていた。


「助けにいきましょう!」


 ザントは当然のことだと言わんばかりに主張する。

 しかし、彼ら四人分の力を合わせても、その実力はグルガ一人分にも満たない。

 なのに彼を敵地から助け出そうと考えるのは知性の欠片もない判断だ。


「ルイゼットはどう動くのが最善だと思う?」


 メリルはザントを無視して、ルイゼットに適切な判断を仰ぐ。


「縄張りに入らない範囲で探すのはどうでしょう?」


 確かにデモンズビーストは縄張りに入らなければ積極的に襲ってくることはない。

 ルイゼットの判断は適切だ。

 しかし、問題はザントだ。

 彼は平気でテリトリー侵犯をする。

 ルビーに彼を抑えさせておくにしても、歩きながらでは彼女の体力が持たない。

 ならば二人を別行動にすべきか?

 だが、ルビーがいなければグルガを見つけても治療できない。


「……」


 メリルは迷う。

 自分とザントが残り、ルビーとルイゼットに向かわせたらどうか?

 ルビーは彼を見捨てる判断をするかもしれない。

 主体性のないルイゼットはそんなルビーに流される。

 こんなことを考えてるうちに、グルガはどんどん命の危機に迫っているかもしれない。

 ならば……


「行きましょう」


 ザントのリスクはこの際無視すると決めた。

 彼がテリトリー侵犯し、襲われたら見捨てればいい。

 それがメリルの出した結論だった。


 ギルドマスターからグルガの行方を聞いた四人は、南の山岳地帯付近へと急行する。

 その道中、足を引きずりながら歩いている一人の大男を発見した。


「あれはグルガさんじゃないですか?」

「無事だったみたいだね」


 全員でグルガの元へ駆けつける。


「すまねぇ、集合時間に遅れちまって……」


 今にも倒れそうな中、グルガは謝罪の言葉を口にする。

 どうやら彼はデモンズビーストに不意打ちを受けて重症を負いながらも、襲ってきた一体だけは返り討ちにしたらしい。


「ルビー、回復は最低限だけにしてやって」

「は、はい?」


 メリルがルビーに指示を出す。

「苦しみながら街まで歩け」

 それがメリルの提示した反省の方法だった。

 ルビーはメリルの意図を理解しないまま、言われた通りに最低限の回復だけ行った。

 これでひとまずグルガに後遺症が残ることはないだろう。


「おい、メリル。何お前が仕切ってるんだ!合流したからには意思決定を下すのは俺だ!」


 グルガはボロボロになりながらも、リーダーは俺だと言わんばかりに指揮を取ろうとする。

 彼が無能や問題児の集うパーティのリーダーになったきっかけは、自分が中心でありたいからだ。

 彼の実力は五人の中で突出している。

 だから、彼はその気になればもっと良いパーティを見つけられるはずだ。

 けれども彼はそうしなかった。

 いつだって意思決定を下すのは自分だ。

 他の連中は俺が判断に迷ったときだけ提案するだけでいい。

 だから彼は我を押し通すために、自分より弱い人間としか組まない。

 彼はリーダーにしかなれない人間だった。


「どうせお前やルイゼットじゃ、パーティを上手く回せなかったんだろ?」

「それはそうだね」


 グルガ抜きの四人では結局パーティは立ち行かなかった。

 それは紛れもない事実だ。

 けれど、そうした試みは無駄ではなかった。

 ルイゼットにリーダーの資質がないと明るみになり、メリルもまたリーダーの器ではなかった。

 それが分かっただけでも大きな収穫だ。


「グルガさん、ごめんなさい。これからはもっと頑張りますから!」


 ザントが突然グルガに向けて謝罪する。

 自分の無能ぶりに反省しているつもりだろう。

 けれど、そんな謝罪が何も理解していないとさらに皆の評価を下げていた。


「お前はほんとに何もわかってねぇバカだな!反省する問題点から間違ってんだよ!」


 グルガは何も理解しないまま謝罪するザントにげんこつを食らわせた。

 彼はもはや努力さえ求められていない。

 余計なことをしない。

 求められていたのは、ただそれだけだった。


 グルガとメリルはザントが無能であることよりも、指摘された問題を正しく理解できない知性に辟易としていた。

 しかし、自己肯定感の低いルビーを自分たちの元に置いておくには彼を道化として据える必要がある。


「だからこいつはルビーの維持装置ってことで!」


 メリルはわざとらしく、ザントとルビーをまとめてからかう。

 その表現にグルガは相変わらず性格の悪い女だと評したが、メリルの発言を否定しなかった。

 ルビーの維持装置という表現は、ザントが彼女を残留させるためだけの存在で、お前にそれ以外の価値はないよと言ってるに等しい。

 普通ならば、そんな言われ方をすれば著しく自尊心を傷つけられるだろう。

 けれど、ザントは「僕がルビーさんの支えになれてるんですね!」と、満面の笑みで答える。

 ルビーはそんなザントの言葉を聞いて苦笑いする。

 ほんとに言われてる言葉の意図を理解できないんだね、と。



 ****



 再び五人に戻った彼らのパーティは傍から見れば以前と変わらない。

 グルガがザントに説教をし、メリルがそんな二人を見てケラケラ笑う光景だ。

 彼らをよく知らない第三者からは今日も「ザントくんが可哀想」「私が守ってあげたい」といった声が上がる。


 けれども、それぞれが誰かしらを必要としていて、何かしらの致命的な欠点を抱えていると理解した彼らの結束はそう簡単に崩れない。

 ザントは自分を見捨てない仲間を大切に思っていた。

 何よりルビーは僕のことを大切にしてくれている。

 理由は分からないけど、誰よりも大切にしなければいけない仲間だと思った。

 それに冒険は楽しい。

 一人では乗り越えられない道のりもみんなとなら、どこまでも突き進める。

 だから、例えわけが分からないままグルガに殴られても、一人でいるよりよっぽど充実していた。


 ルビーは成長を求められない環境をずっと欲していた。

 ヒーラーは希少な人材だからこそ、もっと有能な冒険者からもスカウトされる。

 けれども能力ある人たちほど、無意識に成長圧力をかけてくる。

 だから今まで何度もパーティから逃げ出していた。

 今回の件だってそうだ。

 成長を見越した期待をされるのが辛い。

 その期待に応えられないことで迷惑を掛けてしまうから……

 無能な私が成長要求の拒否と、必要とされる環境を両立させることは難しい。

 そう思っていたところに現れたのがザントだった。

 彼はありのままの私でも必要としてくれる。

 だからこれからも共にありたいと願った。


 メリルはただ楽しいパーティにいたいと思っていた。

 堅苦しい連中とはウマが合わない。

 中でも範囲魔法を味方ごと巻き込んでも許されるパーティはここだけだ。

 ザントやルビーに対し小馬鹿にする物言いだって、仲間内から非難されることはない。

 自己肯定感の低いザントとルビーは言われたことを否定しない。

 主張のないルイゼットは何も言わない。

 デリカシーのないグルガは私よりも二人の地雷を踏む。

 だから好きに発言できる。

 そんな今に充実感があった。


 ルイゼットは自分で決めなくていいことに安心していた。

 彼は何事にも熱意がない。

 冷静な判断能力、鑑定能力が周知されれば、彼を求める人々はそこら中から出てくるだろう。

 けれどそうした能力を求める人々は何かと責任を求める。

 だから自分の才能を腐らせてでも、彼らと共にいることを望んだ。

 いつだって責任を取るのは、自分がリーダーであることを望むグルガなのだから……


 グルガは自分に従う人間がいつだって好きだった。

 ザントの度を超えた愚かさには幾度となくイライラさせられたが、従順な態度であることから嫌いではなかった。

 メリルは平気で自分のことを巻き込むが、魔物の数が多いときはリスクよりもメリットのほうが遥かに上回る。

 それに格下の魔物とばかり戦っている以上、彼女の魔法に巻き込まれることがなくなれば体が鈍りそうだった。

 彼女の魔法に巻き込まれたときは回復が必要だ。

 探索で拾った道具の有益性を確認するためには、鑑定士も必要だ。

 だからもう誰もパーティから追放しない。

 彼はそう誓った。


 そんな彼らを第三者の目線では正しく測れない。

 どうしてあんな無能を引き入れてるのだろう?

 どうしてあんな危険人物を仲間として認めているのだろう?

 あれだけの実力者が何であんな人たちと行動を共にしているのか?

 冒険者よりも商人として生計を立てるべきじゃないか?


 いずれも彼らを中途半端にしか分かっていない人々の言葉だ。

 そうした無理解な言葉を囁かれるほど、彼らは仲間意識を育んでいった。

 秀でたところしか見れない人々は、いざ関わったらその問題ある人間性に耐えきれなくなる。

 一方で、彼らは優しさや賛辞が時に猛毒となる。


 彼らは全員が無能、もしくは問題児であるという意識を自覚、共有していた。

 そしてそんな仲間たちを誰かしらが必要としている。

 だから乱雑な扱いに見えて、そこらのパーティよりよっぽどお互いを大事にしていた。



 ****



 ある日の朝、ギルドでは三人の冒険者が彼らへの陰口に花を咲かせていた。


「ザントのバカっぷりはほんとおもしれぇよな」

「あいつと一緒にいるやつらも、大概やべぇんだよな!」

「お前が昔組んでたメリルのことか?」

「そうそう、あいつ前方で戦ってる俺を平気で巻き込むからな」


 彼らへの陰口はザントとメリルのことだけにとどまらなかった。

 けれど、陰口で盛り上がる冒険者の一人が彼らへの羨望を口にした。


「あいつら、ああ見えて長いこと仲良くやってるよな……」

「そうだよな……」


 彼らの話で盛り上がる冒険者の一人は、先日仲間割れを起こして解散したパーティの一員だった。


「何であいつらのが上手くいってるんだろうな」

「不思議だよな……」


 三人の冒険者は誰一人気づかなかった。

 彼らが強い絆を育めたのは、全員何かしらの欠陥があるからだと……

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