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第93話:大河原 保奈美

 停学にならなかった理由は、分かっている。

 あの時、私は黒川先生に通報した。

 柏木さんたちが駅前でビラを配っているのを見て——自分はその輪に入りきらず、「止めた方がいいんじゃないですか」とだけ言って、後は先生に預けた。


 結果、停学になったのは、柏木さん、村越くん、森川さん、藤堂くん。

 私は、何事もなかったように授業に出ている。


 表向きは、大人な対応だと言える。

 けど実際は、自分が巻き込まれるのが嫌だっただけだ。

 それが村越くんたちにどう見えているかも、想像できる。


 ……でも、その後の一之石くんの態度を見て、少し救われたような気がした。

 彼はあの日、「こういうのを全くの無駄って言うんだ。それが分からないヤツをバカって言うんだよ」と言って、柏木さんを泣かせ、ビラを破り捨てた。

 正しいかどうかは別として、それは私から見れば、かなり利己的な理屈に聞こえた。


 そうなると、あの時の私の行動も——利己的なだけじゃない。

 いや、むしろ私より彼の方が、自分の立場や考えを優先していたんじゃないか、と。

 そう思うと、胸の中のバツの悪さは少し薄らぐ。


 逃げ場、というやつだ。

 自分の腹黒さを、誰かのそれで薄めてもらう。

 ——笑えるほど、大人のやり口。


 でも同時に、妙な不安が残る。

 超然として、いつも冷静で、何を言われても動じない一之石くん。

 そんな彼が、本当にただの利己的な人間なのか?

 それとも、あの言葉の裏に、まだ私たちが知らない理由が隠れているのか——。

 黒川先生のチャットアカウントを開いて、私は「特別公聴会」の配信に聞き耳を立てている。


 聞きながら教室の机の上で手を組み、私は窓の外に視線をやった。

 冬の光は弱く、曇ったガラス越しに、街並みがぼんやりとかすんで見えた。

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