第92話:柏木 美羽
停学になってから、時間の流れ方が変わった気がする。
授業のチャイムも、同好会の連絡も、すべて自分のいないところで動いていく。
静かな部屋で、一人、ぼんやり天井を見上げる時間が増えた。
あの日——孝和くんに、はっきりと跳ね除けられた瞬間のことを、何度も思い返す。
「無駄になると分かっている事に、オレは賛成できない」
その言葉は、冷たさよりも、決して動かない壁みたいな重さを持って胸に残った。
私、きっと好きになってしまったんだ。
それはもう、好意以上のものになっていた。
でも、もしかして私は、その表面しか見ていなかったんじゃないか——そんな疑いが、日ごとに強くなる。
結奈ちゃんや紗月ちゃんが時々見せる、私には分からない眼差し。
安藤先生と話すときの、孝和くんの妙な距離感。
あれは全部、私が知らない「何か」に関係しているんだろうか。
スマホが震えた。
村越くんからだ。
《黒川先生のアカウントから流れてる。孝和の会議。聴け》
黒川先生のチャットアカウントにあるリンクをタップすると、すぐに音声が流れ始めた。
《久しぶりだね、一之石くん》
落ち着いた大人の声。
その後に、少し低めで、はっきりした孝和くんの声が返ってくる。
——胸が、反射的に熱くなる。
音声はとても鮮明で、紙をめくる音や椅子のきしむ音まで聞こえる。
会議室にいるのは、大学教授や教育委員会の幹部、春海さんっていう数学界の大物。
どうやら孝和くんに、数学のことだけじゃなく、もっと深い何かを聞き出そうとしている。
それを聴きながら、私は思う。
——知りたい。
私が知らない、彼の過去のこと。
結奈ちゃんや紗月ちゃん、安藤先生だけが共有している、その「事件」のこと。
波音みたいに、会議の声が耳に広がっていく。
私の中で、好奇心と、焦りと、胸を締めつけるような不安が入り混じっていた。




