第7話:一之石 孝和
「――駅伝に出場してほしいのではなく、チーム編成を手伝ってほしいのです」
放課後の数学部室。今日は珍しく、文化系管理団体のメンバーが数人集まっていた。
村越はスマホを覗き込み時間つぶし。紗月は静かに結奈が現れるのを待っている。
結奈はドアのところで一礼し、生徒会長らしいはっきりとした声で話し始めた。
「佐伯先輩の所属する陸上部は長距離選手が不足していて、このままだと1万メートルで県内でも屈指の持ちタイムにも関わらず、佐伯先輩は天皇盃の県代表選考に出場できません。駅伝大会での出場実績が無い為です。ですが、現在は複数の学校で連合チームを組むことが認められています。そこで、他校に声をかけて選手を集める計画を進めようと思います」
その口調は、完全に生徒会役員会議そのものだった。オレは腕を組みながら聞く。
「一之石くんには、その交渉とチームマネジメントを担当していただきたいのです。複数校と顧問、そして選手たちの予定や条件を調整する必要があります」
周囲の視線がオレに集まる。村越はニヤニヤしているし、紗月はちらりと結奈を見ただけで、また手元に視線を落とした。
「……オレに?」とだけ返すと、結奈はすぐに「はい」と頷いた。
「村越じゃだめなのか」
「村越くんにもお手伝い頂きたいのですが、今回は、確実に話をまとめられる責任者が必要です」
そこまで言うと、結奈は「詳しい話は後ほど」とまとめ、場を解いた。
他のメンバーが次々に退出し、数学部室に静けさが戻る。
結奈は少しだけ椅子を引き寄せ、声を落とした。
「……コウくんにしか頼めないの」
さっきまでの凛とした響きが消え、親しみと遠慮と甘えが混ざった声だった。
目を逸らすでもなく、まっすぐこちらを見るけれど、ほんの少しだけ眉尻が下がっている。
仕方がない。オレは頷いた。
「うん。あの……ありがとう。コウくん」
照れ隠しのように小さく笑って、それでも視線は外さない。
オレはしばし黙り、条件を告げた。
「……オレがやる場合、会議や調整は最低限で終わらせるぞ」
「もちろん。コウくんのやり方で大丈夫」
「まぁいいだろう。ただし、責任は持つが、最終的に連合チーム自体が編成できない場合は佐伯先輩には申し訳ないが、諦めてもらう」
「うん。分かってる」
その「うん」の柔らかさが、なぜか記憶の奥を刺激する。
胸の奥のざわつきを押し込み、机のファイルを静かに閉じた。