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第86話:波多野 結奈

 冬の夕暮れ、川辺りから海が見通せる位置の堤防の上は静かだった。

 潮の香りと、時おり押し寄せては砕ける波の音。

 西の空は薄い茜色に染まり、冷たい風が頬をなでる。


 私たちにとって、ここは大切な思い出の場所だ。


 堤防の上に、コウくんは立っていた。

 制服のポケットに手を突っ込み、海を見つめている。

 私はその背中に向かって歩み寄り、声をかけた。


「……停学、決まっちゃった…」


 彼は振り返らなかった。

 でも、わずかに肩が動くのが見えた。


「美羽ちゃんと……村越くん、それから森川さん、藤堂くん。みんな、2週間も」

 自分の声が、潮風にさらわれて弱くなる。

 言葉を重ねるほど、胸の奥に苦い塊が沈んでいく。


 コウくんはゆっくりと息を吐き、ようやく私の方を向いた。

「……そうか」

 その一言だけ。

 怒りも、驚きも、悲しみも——何も見せない表情。


 私は、あえて視線を逸らさずに言った。

「分かってるよ。あの場で直ぐに止める為には、ああするので間違ってないって」

 彼の目が、ほんの少しだけ揺れた。

「でも……あのやり方じゃ、きっと誰にも伝わらない」


 風が強くなり、コートの裾がはためく。

 コウくんは海の方に顔を戻し、しばらく沈黙した。

 その沈黙の間に、私の頭には駅伝のゴールや、彼が数式と向き合っていたときの横顔が浮かんでは消えていく。


「……こうなったらもう、何をか言わんやだ」

 低い声が、波の音に混じって耳に届く。


 私は唇を噛んだ。

 正しいことと、間違っていないことが、同じじゃない瞬間がある。

 コウくんも、それを分かっているはずなのに——。


「……同好会も、もう活動停止にすることになっちゃった」

涙がこぼれ落ちそうになった。


「停学だけは避けたかったのに……本当に何も、何も出来なかった」

 それは彼への告白というより、自分自身への痛い認めだった。

 海の彼方で、夕陽がゆっくりと沈んでいく。

 北の空に月が出ている。

あの日みたいに……―本当にきれい。

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