第78話:大河原 保奈美
放課後、昇降口から帰ろうとしていたところで、背後から控えめに名前を呼ばれた。
「……大河原さん、ちょっといい?」
振り返ると柏木さんが立っていた。
この子は同好会のムードメーカーというか、いつも前向きで元気すぎるタイプ。
私みたいなのとは接点が薄いはずだが——妙に真剣な顔だ。
「駅前ロータリーでビラ配りをやろうと思ってるの」
開口一番そう言われて、思わず眉をひそめる。
「……何のビラ?」
「栞ちゃんの復学のための、賛同署名を集めるやつ」
ああ、フリースクールの件か。私も先日参加していたから、栞ちゃんの復学が難しいという話は理解している。
でも、何で私に? と首を傾げると、柏木さんは声を潜めた。
「孝和くんや結奈ちゃん、紗月ちゃんにはまだ言ってないの。反対されるかもしれないし……だから内緒でやりたい」
やっぱり面倒な匂いしかしない。
そういうのは表で堂々とやらないと後で揉めるのに、と思いつつも、柏木さんの目は妙に必死だ。
彼女なりに何かに駆り立てられているのは分かる。
「……私、目立つのは嫌なんだけど」
「でも、大河原さんなら冷静にやってくれるでしょ? それに人が多い方が絶対いいから」
まっすぐな頼み方をされると、断るのも面倒くさい。
私も中学時代から一之石くんを見てきて、あの超然とした態度には妙に共感してきた人間だ。
柏木さんのやり方は青臭くて危なっかしいけれど、その青臭さは——今の同好会には足りないものかもしれない。
「分かった。出来る範囲で良いなら手伝うよ」
そう答えると、柏木さんの顔が一気に明るくなった。
ただ、心の中ではため息をつく。
——これ、バレたら間違いなく揉めるな。
けれど、少なくともこの子は本気だ。
なら、私は「大人」として最低限の火消しはできるように、そっと後ろから支えるしかない。それが難しいなら、適当なタイミングでフェードアウトだ。




