第6話:波多野 結奈
十月半ばを過ぎた頃、放課後の生徒会室を訪れた佐伯陽介先輩が深いため息をついた。
「……もしかすると、今年の天皇盃、出られないかもしれない」
低く抑えた声だったが、その重さは十分に伝わった。
佐伯先輩は陸上部所属の三年生で、長距離走のエース。1万メートルの持ちタイムだけなら県内屈指なで、天皇盃全国男子駅伝に県代表として出場することを目標にしていた。けれど、今年は陸上部自体の部員不足が深刻で、単独チームを組むことができないという。
このままでは、県代表選考の時点で棄権になってしまう。
「他の高校と合同チームを組む方法は?」と、私は尋ねた。
先輩は首を振る。「声はかけてる。でも、戦力になるメンバーを揃えるのは難しい。どの道弱小チームしか組めないって分かってるから、あっちは本気で来ないんだ」
静かな部屋に、壁掛け時計の針の音だけが響く。私は少し考えてから、ふと別の方法を思いついた。
――部の枠を飛び越えればいい。陸上部だけじゃなく、文化系や運動系の枠を超えて人を集めれば、合同チームが作れるかもしれない。
もちろん、それは前例のないやり方だし、生徒会としても根回しが必要だ。でも、できない理由を数えるより、できる方法を探すべきだ。
「佐伯先輩、もしよろしければ、私からも働きかけてみます。運動系だけでなく、同好会や文化系のメンバーにも声をかけてみます」
先輩は少し驚いた顔をして、それから笑った。「……生徒会長がそこまで言うなら、頼んでみようかな」
同好会の顔ぶれが頭に浮かぶ。紗月、村越くん、そして……コウくん。
あの人はたぶん、こういう提案には最初から首を縦に振らないだろう。でも、挑戦しようとする人を放っておくタイプでもない。
何より、彼が本気を出せば、きっとチームに流れを呼び込める。
生徒会長としての使命感と、幼馴染としての微かな願いが、同じ方向を指し示していた。