第74話:波多野 結奈
教室の奥の机に、小柄な女の子が座っていた。
黒髪のおさげ、透き通るような白い肌、少し伏せた大きな瞳。
——息が止まった。
美桜ちゃんに、似ている。
輪郭も、目元の柔らかさも、あの日の彼女をそのまま切り取ってきたみたいだった。
その栞ちゃんの隣に、コウくんが座っている。
赤鉛筆を持ち、算数の問題を静かに見てやっている姿は、外から見ればいつも通りに見えるかもしれない。
でも、私には分かる。
その横顔は、笑ってなんかいない。
胸の奥を何かで締め付けながら、必死に呼吸を整えているときの顔だ。
あの人がどれほどの思いで、そこに座っているのかを想像すると、喉の奥が焼けるように苦しかった。
何も出来ない。
間に入ることも、話を変えることも。
ただ、この場にいるしかない自分が、情けない。
——そのとき、後ろから黒川先生の声が聞こえてきた。
「それで……先日の件、その後はいかがでした?」
安藤先生が答える。
「……教育委員会には相談しました。けど、正直なところ、あまり良い返事はもらえませんでした」
耳を澄ますつもりはなかったのに、会話の内容がまっすぐ胸に突き刺さる。
「盤石な対応は出来ない……復学して何かあれば、またフリースクールか転校で対応する、それが今の方針だそうです」
……結局、変わっていない。
私たちが小学生のときに見た現実と、何も。
あのときも、守るべき人は守られなかった。
形だけの対応、記録だけの「処理」、そして時間が経てば忘れられる。
柏木さんの怒りの声が耳に届く。
「……何ですか、それ。本気で言ってるんですか?」
私は拳を膝の上で握りしめた。
怒りも悔しさもあるのに、ここで声を上げられない自分が歯がゆい。
窓際で、冬の光に照らされた孝和くんの背中が、やけに遠く感じられた。




