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第63話:白石 紗月

 部屋の奥、机に向かっていた小柄な女の子が、緊張した面持ちで顔を上げた。

 栞ちゃん――安藤先生がそう紹介したその子は、確かに美羽ちゃんに似た面差しをしていた。もっと言えば私にも覚えがある子――美桜のものだった。


 今日、結奈は生徒会の仕事で不在だ。それだけが救いのような気がする。

 ――もし、結奈がこの場にいたら。彼女はどう反応するだろう。

 そんな想像をするのも苦しかったからだ。


 「算数、もっとできるようになりたいんです」

 栞は、少し照れながらもはっきりとそう言った。

 視線の先には、一之石――孝和くん。


 「……そうか。じゃあ、どんな問題が好きなのかな?」

 声はいつもの低く淡々とした調子だったが、私は知っている。

 その奥に、あの駅伝のあとも消えない、重たい色が張り付いていることを。

 栞ちゃんの素直な憧れの眼差しを、彼は受け止めながらも、どこか遠くを見ているようだった。


 私には分かる。

 同じものを、私も抱えているから。


 安藤先生と柏木さんが談笑する横で、孝和くんは栞ちゃんと数分ほど話し、栞ちゃんが持ってきた難しそうな文章題を一緒にやって見せた。

 そのやりとりは、端から見れば柔らかい時間に見えたかもしれない。

 けれど、私には、彼が言葉を選び、感情をそっと押し殺しているのが分かった。


 「また来てもらってもいいですか?」

 栞ちゃんの小さな声に、孝和くんはほんのわずかに間を置いてから「……ああ」と頷いた。彼としては珍しく優しそうな笑顔で。

 その返事に、栞ちゃんはぱっと花が咲くように笑った。


 やがて訪問の時間が終わり、私たちはフリースクールを後にした。

 階段を降りる足音が重く響く。

 私は振り返らなかった。振り返れば、彼の表情をもっと見てしまう気がしたからだ。

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