表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/178

第61話:黒川 千尋

 部屋に入った瞬間から、妙な感覚があった。

 埃っぽい空気や古い木の匂いのせいじゃない。もっと別の、肌の奥にひりつくような違和感だ。


 柏木が紹介したゲスト――一之石が、あからさまではないが視線を逸らしたのを私は見逃さなかった。

 隣の白石の肩も、わずかに固くなる。

 そして、その相手である安藤と名乗る男性スタッフ。三十前後の、少し疲れの見える彼が、笑顔を作ったまま視線を泳がせた。

 ……なるほど。お互い、何か知っている。


 その後で出てきた少女――栞。

 小柄で、白い肌に黒いおさげ。美羽に似た面差しが、一之石と白石の反応をさらに硬くしていた。

 安藤さんが「学校で嫌なことがあって」と言った時、一瞬、空気が止まったのは気のせいじゃない。


 私はその沈黙を飲み込みながら、胸の奥で小さくうなった。

 ――こいつは、一之石の抱えてる“重たいもの”に、どこか繋がってるな。そういう感覚がする。


 そんな時だ。

 横で柏木が、にこにこと言った。

「そういえば孝和くん、この前の数学オリンピックの予選、突破したんだって!」

 わざとらしく声を張る。


 一之石はほんの一瞬だけ、まぶたが揺れた。

 だが次の瞬間には、何事もなかったように口を開いた。

「……ああ、まあな」

 平坦な声。内心の揺れを必死で押し殺しているのが、こっちには丸見えだ。


 栞が、おそるおそる口を開く。

「……お兄さん、すごいんだね」

 その声に、一之石は一拍置いてから「そんな事ないよ」とだけ返した。

 短いそのやりとりを、安藤さんは横目で見ていた。

 その目の奥に、わずかな動揺が走ったのを、私は見た。


 ――ああ、間違いない。

 この安藤って男も、一之石の抱えている何かを知ってる。


 場は柏木の明るい声で何とか保たれているが、底の方では確かに波が立っている。

 私は黙ってその波の形を覚え込んだ。

 近いうち、この違和感の正体を掴むことになる――そんな予感があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ