第60話:村越 大河
冬の午後、街の中心部から少し外れた雑居ビルに着いた。
柏木が「今日は、ちょっと面白い場所に行こう」と言い出して、オレと黒川先生、白石、そして一之石もついてきた。
波多野は生徒会の仕事で不参加。本当なら、こういうのは人数が多ければ多いほど空気が変わるから、生徒会長にもなんとか来てもらいたかったねぇ。
三階まで階段を上がると、古い廊下の奥から、子供の声と鉛筆の擦れる音が漏れてくる。
柏木が先頭で木の扉を開け、オレたちは後に続いた。
「おー、来てくれたんだな」
迎えてくれたのは、30歳前後に見える男性――安藤と名乗った。
カジュアルなパーカーにジーンズ姿。笑顔は柔らかいが、その奥に消えない疲れの色がある。
……と、その瞬間、横の一之石がわずかに視線を逸らした。
表情は変わらないが、肩が微かにこわばる。
白石もそれに気づいたらしく、一瞬まなじりが揺れた。
その二人の反応に、安藤さんの笑顔もほんのわずかに引きつった。
目が一瞬だけ泳いだ。
――ああ、こっちも知ってる顔だな、これは。
互いに口に出さないまま、微妙な沈黙が一拍だけ流れる。
「今日は特別ゲストを紹介するよ」
安藤さんが手招きすると、小柄な女の子が机の陰から顔を出した。
黒髪のおさげ、白い肌、そして――あれ? どこかで見た輪郭だ。
気づいた。美羽に似ている。目元や頬の形が特に。
「栞です」
安藤がそう紹介すると、彼女は小さく会釈した。
笑おうとしているが、唇の端が少し震えている。
柏木が「こんにちは、栞ちゃん」と声をかけると、栞ちゃんはほんの少し表情を和らげた。
その隣に、背の高い小学生の男子――中村大智くんが立っている。
「僕は栞の幼なじみで、学校帰りに時々ここに来るんです」
人懐っこい笑顔だが、その目はずっと栞を見ていた。
談笑の最中、安藤さんがふっと声を落とした。
「栞はね、学校でちょっと嫌なことがあって、今はこっちに通ってるんだ」
その言葉に、空気が少しだけ硬くなった。
柏木は静かに頷いたが、一之石は何も言わず、ただ栞ちゃんを見ていた。
その視線は冷静に見えて、実際には何かを奥深くに押し込めるような色をしていた。
白石はといえば、俯き加減で指先を強く握りしめている。
そして安藤さんもまた、二人の反応を察してか、一瞬だけ視線を落とした。
オレは場を和らげるために何か言おうとしたが、結局言葉は出なかった。
――こりゃ、ただの見学じゃ済まないな。
柏木は一之石と白石の様子に全然気づいていないが、オレの目はごまかせない。そして黒川先生も何か気付いた様子だ。




