第4話:一之石 孝和
結奈の説明が終わり、会議室には重たく、乾いた空気が漂っていた。
配布された資料を閉じる音や、ペンを机に置く小さな音が、妙に大きく感じられる。質問を促されても、誰も手を挙げない。誰もが「面倒なことに巻き込まれた」という空気を隠そうともしていなかった。
やがて「以上で会議を終了します」という結奈の声と同時に、椅子の足が床を引きずる音が一斉に響いた。
オレも手元の資料をきちんと揃え、ファイルに収める。さっさと部室に戻って黒川先生から出されている課題の続きをやるつもりだった。
だが、出口に向かおうとしたとき、廊下側のドアが勢いよく開いた。
金属の蝶番がきしむ音と共に、明るい声が飛び込んでくる。
「すみません、遅れました!」
その瞬間、会議室の空気が一拍、止まった。
つややかな黒髪が肩先で揺れ、白い額には薄く汗。制服の胸ポケットには小さく折れたプリント用紙が差し込まれている。
……似ている。いや、似ているなんてもんじゃない。
美桜だ。
脳が過去の映像を呼び覚ます。小六の冬、県の駅の新幹線ホーム。
その北端、東京方面から一番遠い乗降スペースで雪混じりの風に髪を乱しながら、「ステイゴールド!」と叫んで、乗り込んだ窓から何度も手を振っていたあの姿。
目の奥がわずかに熱を帯び、心臓が一瞬だけ強く打った。
だが、次の瞬間、その感情を自分の奥底へ押し込める。
別人に決まっている。他人のそら似だ。美桜な訳がない。ここに居る訳がない。
彼女は深呼吸を一つしてから、生徒会役員の前に立ち、遅刻の理由を淡々と説明した。声は透き通っていて、どこか無防備だ。
その横顔を、結奈が一瞬だけじっと見つめる。何か言いかけたように唇が動きかけ、しかし言葉は形にならなかった。
「柏木美羽です。元ボランティア部で、この『同好会』に参加させていただきます」
その自己紹介が終わった途端、室内の数人が微妙な表情を浮かべたのが分かった。
村越は椅子に深く腰を掛け、にやりと口角を上げてこちらを見ている。あいつは何かを察しているのか、それとも単なる興味本位なのか。
オレは視線を合わせず、机の上の資料をゆっくりと鞄にしまった。
もう、この同好会は静かで安全な避難所ではなくなる――そんな予感が、ひどく現実味を帯びて胸に広がった。