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第56話:村越 大河

 長野駅に降り立った瞬間、空気が一気に冷たくなった気がした。

 吐く息が白く立ちのぼり、鼻の奥がツンとする。雪化粧した山が遠くに見える――なんか旅行番組みたいな景色だ。


「おー、見ろよ、山が白い!」

 思わず声を上げたら、白石が「この時期の長野なら普通でしょ」と冷静に返してきた。まあ、分かってはいるけど、つい言いたくなるんだよ、こういうのは。


 今日は天皇杯駅伝。佐伯先輩が県代表として走る日だ。

 同好会メンバー総出……と言いたいところだけど、一之石は来ていない。


 「ちょっと予定があるから」――それだけだった。

 本当は何となく察してる。駅伝のあのあとから、どこか様子がおかしかった。

 ただ、理由を聞いたところで答えるようなやつじゃないし、深追いする気もなかった。


 でも。

 波多野も白石も柏木も、三人とも明るく話しながらも、どこかに“間”がある。

 その間の正体は、多分、あいつがいない空気の薄さだ。


 駅前から会場まではシャトルバスで移動。

 窓の外、雪をかぶった屋根と細い路地が流れていく。

「こういう遠征、なんか修学旅行みたいで楽しいね」

 柏木が笑ったけど、波多野はわずかに笑みを返しただけだった。

 白石も同じで、無理に話題を盛り上げようとしている感じが分かる。

 まぁ意外なのは大河原が適度に話題を提供して皆を笑わせている事かな。自称“大人の女”らしいからな。ウケる。


 会場付近はすでに応援客でいっぱいだ。旗を振る小学生や、横断幕を掲げる人たち。

 オレたちは中間地点付近に陣取った。冷たい風が頬をかすめるけど、もう寒さなんて気にならない。


 やがて、先導バイクの音とともに歓声が大きくなった。

「来るぞ!」

 オレは自然と声が大きくなる。


 先頭集団に混じって、佐伯先輩の姿が見えた。

 真剣な表情、雪の中でもブレないフォーム。

「佐伯せんぱーい!」

 オレたちが叫ぶと、一瞬こちらを見て、ほんのわずか口元が緩んだように見えた。


 その一瞬の笑みで、波多野も白石も、ほんの少しだけ表情が明るくなった。

 だけど、ふとしたタイミングで三人とも、同じ方向――本来なら一之石が立っていたはずの位置――に目をやるのを、オレは見逃さなかった。


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