第53話:波多野 結奈
正月からまだそんなに日にちは経過していないけれど、みんなで初詣に訪れた神社に、私は再び一人で足を運んでいた。
吐く息が白く長く伸び、境内の玉砂利を踏むたびに小さな音が冬の空気に溶けていく。
今日は、数学オリンピックの地方予選日。
直接応援に行けるような大会じゃない。だからせめて、ここで祈ろうと思った。
賽銭箱の前に立ち、手袋を外す。指先がすぐに冷え、硬くなる。
小銭を落とす音が澄んだ空気に響き、鈴を鳴らすと、頭の奥まで透き通るような音が降りてきた。
――予選を突破できますように。
目を閉じたまま、駅伝の日のことが脳裏に浮かぶ。
あの日、彼は私のために走ってくれた。
あのときの彼の背中は、迷いもためらいもなく、ただまっすぐで……。
けれど、ゴールのあとから少しずつ、何かが違っている気がする。
言葉では説明できない。
笑わないとか、そっけないとか、そういう表面的なことじゃない。
もっと奥の方で、心のどこかが遠くへ行ってしまったような――そんな感覚だ。
原因なんて分からないし、本人に聞けるようなものでもない。
ただ、あの距離がこのまま広がってしまうのが怖かった。
参拝を終え、手水舎で指先を洗う。
冷たい水が皮膚を刺すように流れ、少しだけ背筋が伸びる。
振り返ると、木々の間から薄い冬の陽が差し込んでいた。
その光の下に、雪の名残がまだ白く残っている。
――大丈夫。コウくんはきっと、また笑ってくれる。
そう自分に言い聞かせて、私は神社を後にした。




