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第51話:黒川 千尋

 年始の実家は、静かで、やたら暖かい。

 炬燵に足を突っ込み、みかんを剥きながら、ストーブの上でしゅんしゅんと湯が沸く音を聞く――この空気は、職員室や部活の現場では味わえないものだ。


 ふと、あの連合チームの駅伝のことを思い出す。

 参考記録とはいえ、あれは間違いなく「優勝」と呼んでいい走りだった。

 そして何より、あの最終区の追い上げは、教師としても人間としても鳥肌が立つほどだった。


 ……でも、一之石は、あの後の打ち上げに顔を出さなかった。

 理由は聞いていない。

 けれど、あれだけのレースをやりきった後に見せるべき表情――安堵とか、達成感とか、そういうものが、彼の顔からすっぽり抜け落ちていたのは、私にも分かった。


 連合チームの子たちは、喜びと一体感であふれていた。

 波多野も白石も、村越も、柏木も、普段はクールを装っている大河原までも、それぞれの形でその瞬間を噛みしめていた。

 ただ、一之石だけが、まるでそこに半分だけしか存在していないように見えた。


 あの子は、自分の中に何か重いものをずっと抱えている――これは以前から感じていたことだ。

 でも、駅伝の後は、その重さがさらに増している気がする。

 何があったのかは、本人が話さない限り分からない。

 けれど、私の仕事は、問い詰めることじゃない。

 必要な時に、必要なだけ背中を押せる距離感を保っておくことだ。


 炬燵の上のスマホに目をやる。

 グループチャットでは、初詣の写真や、新年会の予定がやり取りされている。

 その中に、一之石の投稿はない。

 ……やっぱり、少し気になる。


 湯気の立つ急須から湯呑みに茶を注ぎながら、私は心の中で小さく呟いた。

 ――あの子が、自分の中の重さと折り合いをつけられる日が、いつか来るのだろうか。


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