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第46話:一之石 孝和

 控室のベンチに腰を下ろすと、外の歓声が遠く霞んで聞こえた。

 ランニングシューズを脱ぎ、靴紐を解く指先が妙に冷たい。

 ロッカーの金属面が鏡のようにオレを映す。


 ……そこに、オレではない「オレ」が立っていた。


 黒い短髪。まだ骨ばっていない顔立ち。

 小学六年生の時のオレだ。

 笑っている。けれど、それはオレがもう長い間やっていない、薄く歪んだ笑い方だった。


「楽しそうにしてるんじゃねーぞ」


 声は、鏡の中から響いた。

 子供の声なのに、冷え切った刃みたいに鋭い。


「忘れてないだろうな。あの日のこと」

 胸の奥がざわつく。わかっている。

 あの日。

 オレの中で時間が止まり、このガキがオレの中で自己主張を始めた日。


「守った? 勝っただ? ふざけるなよ。お前は称賛なんか受けられる立場じゃねーんだよ!」


 子供のオレが一歩、鏡の奥から踏み出してくるように見えた。

 それだけで、背筋が固まる。

 何か言い返そうとしても、喉が動かない。


「お前は何も守れなかった事忘れた訳じゃねーだろうな」


 瞬きした瞬間、そこにはもう誰もいなかった。

 鏡には、汗に濡れた高校生のオレだけが映っている。


 気づけば拳を握りしめていた。爪が掌に食い込み、鈍い痛みが伝わる。

 外から、笑い声と拍手が響いてくる。

 なのに、その音は、ガラス越しに聞くみたいに遠かった。


 ――オレは、またこいつと離れられないのか…。


 ロッカーにもたれかかり、目を閉じる。

 小学六年のオレが残した闇が、静かに、ゆっくりと胸の奥に沈んでいった。


 オレはオレが嫌いだ…。

 オレはオレが許せない…。

 もう赦される事なんか、きっと無いのだろう…。

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