第39話:波多野 結奈
視界が揺れる。スタンドの歓声が渦を巻き、風と共に胸へ押し寄せてくる。
トラックのラスト直線、コウくんが確かに前へ伸び、二人の選手の間を割っていった。
信じられない光景に、思わず手を合わせて祈っていた自分に気づく。
――お願い、行って。あと少し……!
白線を踏み切った瞬間、歓声が爆発した。
その背中が、人差し指を高く掲げていた。
――勝ったんだ。たとえ参考記録でも、このチームが。
私はもう走っていた。
涙で視界が滲む。足元なんて見えていない。
気がつけば、紗月も村越くんも一緒に駆け出している。村越くんはぴょんぴょんと飛び跳ねながら「やった!やった!!」と叫んでいた。
最終コーナー脇で立ち止まったとき、彼がこちらを振り向いた。
汗と息で顔はぐしゃぐしゃなのに、どこか涼しい表情をしている。
胸の奥が熱くなった。
――私のために走ってくれた。
あの日、夜の堤防で一緒に見上げた月の下、彼は言った。
『何があっても、お前だけは絶対に守る』
あの約束を交わしてからもう数年、また、こうしてまた私を守ってくれた。
その事実が、重く、そして温かく胸に響き、涙はもう止まらなかった。
嗚咽が喉をつき上げ、呼吸と一緒に零れていく。
でも、隠そうとは思わなかった。
「コウくん!」
呼びかけた声は震えていた。
彼は少しだけ目を細め、何も言わずにタスキを外しながら歩み寄ってくる。
周囲が祝福の声で満ちていく中、私の中ではただ一つ――
あの時と同じ、変わらない約束の言葉だけが、何度も何度も反響していた。




