第29話:佐伯 陽介
タスキを受け取った瞬間、指先から肩、そして全身に熱が走った。
冷え切った空気を切り裂くように足を前へ送り出す。
背中でサポートスタッフである大河原の「先輩!頑張ってください!」という声が弾けた。
――ありがとう。
声には出さなかったが、心の中でそう呟く。
生徒会長の波多野と、それから暫定同好会メンバーには、この連合チームをまとめるために本当に尽力してくれた。連合チームの選手全員が集まることすら難しい状況で、最後まで諦めなかったのは彼らだ。
もちろん感謝は、連合チームの選手仲間に対してもだ。
誰もが無理な日程をやりくりしながら、各自の学校での練習と並行してここまで来た。
そして――一之石孝和。
彼がいなければ、この連合チームはそもそも成立していなかった。
練習メニューも、日々の調整も、時にはオレたちのメンタルケアまでも、全部あいつが引き受けてくれた。
その一之石が、今は最終区を走るために待っている。せめて、最高の順位で六区へつなぎたい。
前方に、県立中央商業の選手の背中が見える。
大きなストライドで地面を刻むたびに、呼吸が胸を焼く。だが、脚は止まらない。
ドローンの羽音が頭上をかすめ、沿道の観客が歓声を上げる。
その声が波のように背中を押した。
「――っ!」
一気にギアを上げる。呼吸が荒くなるのも構わず、相手との距離を詰める。
わずか数十メートルが、永遠のように長い。だが、視界の端で相手の肩が並び、そして抜けた。
その瞬間、心の中で爆発音のような歓喜が鳴った。
トップに立った。
だが、まだ終わりじゃない。ここからが本当の勝負だ。今日急遽入れ替えになった一之石のためにも少しでもアドバンテージを稼ぐ必要がある。
中継所が近づいて来る。次走者の六区のメンバーが構えている。
彼は緊張した面持ちだが、しっかりと前を見据えていた。
――この勢いを、絶対に切らせるな。
「頼んだ!」
短く声をかけ、全力でタスキを押し渡す。
その瞬間、全身から力が抜けたが、心の奥底には確かな充足感があった。
結果はまだわからない。
だが、少なくとも今日、この走りは自分にとって最高のものになる――そう確信していた。




