第27話:柏木 美羽
最終区のスタート地点行きのマイクロバスは、他の区間のバスに比べてやけに静かだった。
窓の外を流れる冬枯れの街並みを横目に、私は膝の上のブランケットをそっと広げる。隣の席では、孝和くんが黙ってスマホで何かを確認していた。おそらく、区間の距離や高低差、ラストのスパート位置を頭に叩き込んでいるんだろう。
普通、急に走ることになったら焦ったり、動揺したりするもんじゃないの?
なのに、この人は眉ひとつ動かさない。
――すごいなぁ。やっぱり。
「ねえ、孝和くん」
小さめの声で呼びかけると、ほんの一瞬だけ目を上げて「何だ」と返ってきた。
「飲み物、ちゃんと飲んでね。あと、これ、バス降りたら持ってて」
そう言って、使い捨てカイロを手渡す。
「……別に、寒さは平気だ」
「そういうのじゃないの。あったかい方が、走る前に肩の力抜けるから」
彼は何も言わず、カイロをポケットに入れた。
それだけの仕草なのに、私の胸の奥は妙に熱くなる。
――たぶん、みんなが思ってる「すごい孝和くん」と、私が知りたい「孝和くん」は、少し違う。
だから近づきたいし、普通に話したい。
この人を“特別扱いしない”でいられるのは、私くらいなんじゃないかって。
バスが中継所の手前で停まり、私たちは降りた。
ドローンが数機、低い羽音を立てて上空を旋回している。モニター車のアンテナが冬空に突き出ていて、スタッフが手際よくケーブルを繋いでいた。
テレビじゃなく、ネット中継がメイン。カメラは空からずっと追いかけて、誰が見ても公平な映像を流す――はず。解説もAIアナウンサーがしてくれるから全体の状況もすぐに把握できる。
「じゃ、ストレッチしよっか」
私は笑って声をかけ、荷物をベンチに置く。
孝和くんは軽く頷き、静かにアキレス腱を伸ばし始めた。
その横顔を見ながら、私は気づく。
――私、応援のために来たはずなのに、何か別の理由でここに立ってるみたいだ。




