第100話:一之石 孝和
ゴールデンウィークが明けた朝、校門までの道に少し湿った風が吹いていた。
連休中は、美桜とはクラスで話すくらいだったけれど、なんだかんだで距離は縮まっていた。休み前に一緒に帰った日もあるし、放課後の校庭でキャッチボールをした日もあった。
その朝、美桜はオレの家の前で待っていた。
「タカカズくん、一緒に行こー」
ランドセルを背負ったまま、にこにこと笑って手を振る。自然にそう言われると、断る理由なんて見つからない。
二人で歩きながら、美桜は休み中に祖父と出かけた美術館の話や、帰りに寄った洋菓子店のケーキの話を次々と話してくる。
聞き役に回っているだけで、道のりはあっという間に過ぎていった。
そして——結奈の家の前に着いた。
いつものように玄関から出てくる結奈。
オレを見た瞬間の笑顔が、一瞬だけ固まったように見えた。
視線が、オレの隣の美桜に移る。
「おはよう、コウくん」
結奈は、そう言って笑顔を取り戻した。
「コウくん?」と美桜が小首を傾げる。
オレが答えるより早く、結奈が少し照れたように笑った。
「小さい頃からの呼び方なの。ほんとは“たかかず”なんだけど、小さい時におばあちゃんに“こうや”っていう読み方もあるって教えてもらって、それで“コウくん”って呼ぶようになったの」
「へぇ……じゃあ、私も“コウくん”って呼んでいい?」
美桜はまっすぐオレを見る。
一瞬だけ迷ったが、オレは軽く笑って「いいよ」と答えてしまった。
そのやりとりの間、結奈の笑顔がほんの一瞬だけ固くなった気がした。
けれど、美桜はそんなことに気づく様子もなく、
「じゃあ、おはよう、コウくん!」と元気に言った。
三人で歩き出す。美桜は結奈にも話題を振り、オレもそれに相づちを打つ。
けれど、いつもの登校の空気とは少し違う。
何がどう違うのか、うまく言葉にできないまま、校門が近づいてきた。
——昼休み。校庭の隅で水筒を手にしていたオレに、紗月が近づいてきた。
「ねぇ……なんで美桜ちゃんに“コウくん”って呼ばせてるの?」
声は低く、少し刺があった。
「別に……呼び方なんてどうでもいいだろ」
オレがそう返すと、紗月は眉をひそめた。
「どうでもよくない。あれは結奈だけが使ってた呼び方だよ。小さい頃からずっと。そういうの、簡単に人に許しちゃうのって、どうなの?」
その言葉に、オレは少し面倒くさいと思ってしまった。
呼び方が変わっても、結奈と美桜、それぞれとの関係が変わるわけじゃない。
でも——紗月にとっては違うらしい。
「……そんなに大事なことだったのか?」
そう尋ねると、紗月は少しだけ視線を逸らして、「大事だよ」と小さく言った。
その表情が妙に真剣で、オレはそれ以上何も言えなかった。




