第99話:一之石 孝和
席に着くと、彼女はランドセルの肩紐を整えながら、こちらに顔を向けた。
近くで見ると、髪はキレイな黒色のおさげで、陽に透けると淡い光を帯びる。瞳も黒一色ではなく、柔らかな焦げ茶色だ。
「一之石くん、っていうんだね。下の名前は?」
「うん。孝和」
「じゃあ……タカカズくん」
少し舌足らずな発音で、それでも真っすぐにそう呼ばれる。
日本の小学校だと、初対面は苗字で呼び合うことが多い。けれど彼女はそんな空気に合わせようとはしない。
ただ不思議と、違和感よりも彼女の明るさの方が強く伝わってくる。
「どこから引っ越してきたの?」
「ロスアンジェルスだよ。…って言っても、そこにいたのは三年くらいで、その前はニューヨーク」
「へぇ、すごいな。英語、ペラペラ?」
「うん。でも日本語も家でちゃんと使ってたから大丈夫。パパは総合商社マンだから、世界中を飛び回ってるの。ママはいないんだけど……。元々パパの方のおじいちゃんがこの県の銅工芸品の工房を経営していて、この近くに一緒に暮らす事になったの」
お母さんはいない——その言い方はさらっとしていたけれど、わずかに間があった。
オレはそれ以上母親については聞く事をせず、代わりに彼女の祖父のことを尋ねた。
「おじいさんって、どんな人?」
「伝統工芸の職人さんで、お家お近くに工房を持っていて、ちょっと有名みたい。海外の展示にも招待される事があって、お家にも変わった道具がいっぱいあるよ」
そのときの彼女は、声が少し誇らしげだった。
気づけば、チャイムが鳴って午後の授業が始まるまでのわずかな時間、ずっと話していた。
向こうからも遠慮なく質問してくるから、会話が途切れない。
人懐っこくて、堂々として、裏表のなさそうな笑顔。——ただ、その無防備さが、この教室の中でどう映るのか、少しだけ気になった。
このときのオレは、まだその答えを知らなかった。
ただ、隣に座った帰国子女の女の子に、少し興味を持ち始めた——それだけだった。




