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第98話:一之石 孝和

四月の中頃、新学期の浮ついた空気も少し落ち着きはじめたころだった。

昼休み明けのチャイムが鳴る直前、担任が教室に戻ってきて、「今日は皆さんに新しいクラスメイトを紹介します」と言った。


その一言で、教室の空気がわずかに変わる。

ざわつきの中に、興味と期待が入り混じった視線が前方に集まった。


扉が静かに開く。

そこから入ってきたのは、少し背の高い女の子だった。

黒に近い濃いブラウンの髪が肩の下あたりまであり、窓から差し込む春の光を受けてやわらかく揺れている。

姿勢がまっすぐで、歩き方に無駄がない。視線は落とさず、真っすぐ前を見据えていた。


「香坂 美桜さんです」

担任が名前を告げる。

その声より先に、教室のあちこちから小さな息の音や「へぇ…」というささやきが漏れた。


美桜は軽く会釈をし、はっきりとした声で自己紹介を始めた。

「香坂 美桜です。父の仕事の関係で、海外に住んでいました。日本に戻ってきたのは初めてなので、分からないことが多いと思いますけど、よろしくお願いします」


その言い方は、日本の子がよくする“少し控えめな自己紹介”とは違っていた。

言葉を選びながらも、迷いなく前を見て、笑顔で言い切る。

人の目を見るのをためらわないその様子に、教室全体がちょっと圧倒されたようだった。


「じゃあ、香坂さんは——」

担任が席を指さす。

そこは、オレの隣だった。


彼女はためらうことなくこちらへ歩いてきて、「よろしくね」と笑顔を向けてきた。

その笑顔は、不思議なことにこちらの返事を先取りしているような、自信のあるものだった。


「一之石 孝和です。よろしく」

オレも軽く笑い返す。


このとき、言葉にできない予感があった。

この子とは、きっとこれからよく話すことになるだろう——そんな予感だ。

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