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第四話 揚羽、龍神の従者と出会う

『……さて』


 神通力で、地上への宣言を終えた後。金剛はゆっくりと、座り込んだままの揚羽に向き直った。


『まずは場所を移すか。ここは人間の来客用の玄関みたいな場所でな、ゆっくりするにゃ不向きだ』

「そう……なのか」

『こっちだ、ついて来い』


 そう言って金剛は先に立ち、荒れた山肌を奥へと向けて進んでいく。そのあまりに無防備な背に、揚羽の中に一瞬迷いが生まれる。


(——もしも今、あの背に斬りかかったら)


 そんな思考が、揚羽の脳裏をよぎった。確かに一度は提案に頷いた。だが、憎き龍神と金剛が本当に別の龍であるという保証など、本人の弁以外には存在しない。

 それに金剛の言が正しいとしても、彼が龍神の息子である事には代わりはないのだ。父の罪をその身で贖ってもらうというのも、一つの復讐の形ではあるだろう。

 自然と、揚羽の手は再び刀を握っていた。例え命までは届かずとも、その尾だけでも、一太刀の元に切り落とす事が出来たなら。

 揚羽の耳に届く心音が、どんどん大きく、早くなっていく。これ以上、金剛との距離が離れてしまう前に——。


 そこまで考えて。揚羽は、長く重い息を吐いた。


(今ではない)


 刀を握る力を少し緩めて、揚羽は小さく首を振る。


(もし、総てが嘘だったとして。もし、どうしても金剛を許せなかったとして……それでも、金剛に刀を向けるのは、今ではない)


 そう思いながら、揚羽は重い体を立ち上げる。もしもただの疑いだけで、差し伸べられた手を傷付けてしまったならば。

 二度と自分はあの優しい人達に、自らの命を懸けて自分の幸せを願ってくれた人達に顔向け出来ない。——そう、強く思ったのだ。


『……どうした? 動けねえなら、背に乗せて運んでやるが』


 なかなかついて来ない揚羽を不思議に思ったのだろうか。そこで金剛が、引き返してやって来た。


「……要らない。自力で歩ける」

『気丈な女だなァ。根性のある奴は嫌いじゃねえ』

「……ふん」


 眼を細め、再び奥に向かって移動する金剛の後を、揚羽は今度こそ追って歩き出した。



 そのまましばらくは、樹木はおろか草一つない不毛の岩肌が続く。

 山奥と思えば不思議な事もなく。けれども神の住まいとして見るならば、あまりにも殺風景に思えた。


「……」

『……』


 前に進む一柱と一人の間に、会話らしい会話はなかった。決して会話を拒否している訳ではない。互いに何を話題にしていいのか解らないというのが、恐らくは正しいのだろう。


「……金剛、これはどこまで」


 沈黙に耐えかねたのか、揚羽がそう口を開いた。金剛と出会った場所からもう大分歩いていたので、確認の意味もあったのだろう。しかし。


 揚羽が総てを言い終わる前に。辺りの景色が、ざあっと一変した。


「……っ!?」


 あまりに突然に起きたそれに、揚羽の目が驚愕に見開かれる。先程まで確かに何もない岩肌だったはずのそこは、一瞬にして、綺麗に砂利の敷き詰められた、落ち着いた佇まいの庭園へと姿を変えていた。


「こ……れは」

『ここが俺の庭だ。人間がここに足を踏み入れるのは初めてだな』


 そう事も無げに言う金剛に、揚羽は呆然とした顔になる。揚羽の住んでいた城にも、一応庭園は存在した。しかしこの庭園は、それとは比較にならないくらい広くて立派だった。

 人より遥かに大きい、龍である金剛の大きさに合わせてもいるのだろう。それでもなお立派と思えるここは、まさしく、神の庭と呼ぶに相応しいものであった。


『まぁ元々は、先代が作り上げたモンだが。特に無くす理由もねえから、そのまま維持してる』

「……そうか」

『興味があるか? なら落ち着いた後で、ゆっくり見て回れ。どうせ当分はここで暮らす事になる、時間はたっぷりとあるからな』

「……そう、だな」


 言い終えまた動き出す金剛に続き、揚羽もまた歩き出す。——憎き存在が作り上げたものに一瞬でも心を奪われた己を恥じるように、眉間に深い(しわ)を刻みながら。



 来客用なのかそれとも先代龍神のこだわりであるのか、通常のものよりも少し大きな飛び石を渡りながら、一柱と一人は奥の屋敷を目指す。屋敷は揚羽の住んでいた天守閣付きの城とは違い平屋であったが、近付くにつれ、人の住処とは全く違うその大きさが明らかになってくる。


「流石に大きいな……」

『人間から見りゃそうだな。お前には基本的に、俺の従者達が住んでる離れで暮らしてもらう事になる。あいつらの方が、お前とでかさが近い』

「従者?」

『ああ。そろそろ迎えに来る頃だと思うが……』


 金剛がそう口にした直後、屋敷から二つの影が飛び出した。それは金剛よりも大分小さく、けれども普通の蛇よりはずっと大きい、人間と同じくらいの大きさの黒と白の二匹の大蛇であった。


「きゅるるぅ〜〜〜!!」

「きゅるっ、きゅるるうっ!!」


 二匹の大蛇は鳴き声を上げながら金剛に飛びかかり、甘えるように絡み付く。金剛もまた喉を鳴らしながら、目を細め二匹の好きにさせた。


「こ、これは……」

「きゅっ!」


 呆然とそれを見つめる揚羽の呟きに、黒い大蛇が反応し、首をもたげた。そして血のように紅い瞳で、じっと揚羽を見つめる。


「……っ」

「きゅう、きゅーっ!」


 嬉しそうに高い声で鳴いた黒い大蛇が、金剛を離れ、今度は揚羽に向けて飛びかかった。驚きながらも揚羽の手は、咄嗟に刀を握る手に力を込める。


「っ、くっ!」

「ぐる」


 しかし、揚羽が黒い大蛇に向けて刀を振り抜こうとしたその直前、伸びてきた金剛の手が黒い大蛇の体を鷲掴みにした。黒い大蛇の勢いはそこで止まり、そのまま宙吊りになる。


「きゅるっ、うきゅう〜〜〜!?」

「ぐる、ぐるる」

「きゅ! きゅるっきゅ〜〜〜!」

「……おい、お前達、私にも解るように喋れ!」


 相変わらず自分達だけで会話を進める金剛達に業を煮やし、遂に揚羽がそう叫ぶ。一柱と二匹はその訴えにそれぞれ顔を見合わせ、それから、全員で揚羽の方を向いた。


『ああ、悪ィ。念話でねえと、お前に俺達の言葉が解らねえの忘れてた』

「忘れるな! これだから神は!」

『しょうがねえだろ、こちとら人間と接するのに慣れてねえんだからよ。……ほら黒曜(こくよう)石英(せきえい)、改めて挨拶しろ』

『人間の姉ちゃん、オッス! オイラ黒曜ってんだ、会えて嬉しいぜ!』

『はじめまちて、石英でち。またかご主人たまが、人間のお嫁たまをもらう日が来るなんて……』

「……揚羽だ。初めてお目にかかる」


 口々にそう挨拶する黒と白の大蛇に、揚羽も釣られて頭を下げる。見た目からは想像も付かない幼い二匹の声は、揚羽の頭を俄かに混乱させた。


『後はお前らに任せる。揚羽を離れに案内してやれ、俺は少し一人になりたい』

『はいでち。お嫁たま、あたち達についてきて下たいまて。黒曜、先程みたいにお嫁たまにご無礼を働いてはなりまてんよ』

『はーい。姉ちゃん、地上の話いっぱい聞かせてくれよな! オイラずーっとここで暮らしてるから、地上の事何にも知らねーんだ!』

「あ、ああ……」


 わいわいと賑やかに先導する二匹の大蛇に連れられて、揚羽は金剛と別れ、更に庭園を進んでいった。

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