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第三話 揚羽、龍神と婚姻を結ぶ

 揚羽の話が終わった。重い静寂が、辺りの空気を支配する。


『……愚かだ愚かだと聞いちゃいたが……人間ってのが、そこまで愚かとはな……』


 ようやく口を開いた龍は、深い溜息と共にそう言った。しかしすぐに、ゆるゆると首を横に振る。


『……いや、違うな。人間は確かに愚かだが、ここまでの混乱が生まれたのは俺達神々の下界への関心が薄かったせいだ。……龍神を殺したいと思う、お前の怒りは正当だよ』

「……龍神に関係がないならば、私の瞳は何故こうなった」

『それは俺にもサッパリだ。他の神々なら、何か事情を知ってるのかもしれんが』

「……私が……」


 揚羽の瞳に、また涙が滲む。涙はみるみるうちに溢れ、零れ、一度は乾いた地面をまた濡らした。


「私さえいなければ! みんなが死んだりするような事はなかった! 民達が、戦に苦しむ事も! 私のせいで! みんなみんな、私が生まれてきてしまったからっ……!」


 慟哭。恐らくは、これこそが揚羽の本音なのだろう。怒りと憎しみで包み、今日まで押し殺し続けた、例えようもない後悔と自責。

 果たすと決めた唯一の目標さえ失いくず折れて、ようやく表に出た、傷だらけの彼女の心。

 その、微かに震える小さくなった肩を龍はしばし、静かに見つめる。そして。


『……ならいっそ、本当に俺の嫁になるか』

「……え?」


 突然告げられたその言葉に、泣いていた揚羽が思わず顔を上げた。ぽかんと呆けた顔は驚きのあまり、涙が止まってしまっている。


「……嫁? ……え、は?」

『この混乱を治めるには、それが一番いい気がしてな。お前が一人で嫁になりに来たんだから当然、千年の守護だ何だって話はナシだ』

「いや、待て、え?」

『まぁ嫁って言うからにはここで暮らしてもらう事になる、不足なもんがありゃ遠慮なく言ってくれ。何せ人間の営みにゃ疎くてな、何が必要なのか言われなけりゃサッパリ分からん』

「だから待てと言っている!」


 龍の言葉を遮るように、揚羽が大声を上げた。それが予想外だったのか、龍の目が少し丸くなる。


『どうした? 急に大声出して』

「貴様っ……少しは私の意見も聞け! 急にそんな事を言われてはいと言えるか! 大体私は、元は貴様を討ちに来たのだぞ!」

『そう言われてもな。当然俺に死ぬ気はねえし、かと言ってあの話を聞いた後でお前を殺すのも寝覚めが悪いし。それにお前、下界じゃどうやったってもうまともには生きてけねえだろ』

「そ……れは」

『それになぁ……ムカつくんだ。全部奪われっ放しのお前が、この先ずーっと自分を責めながら生きて、死んでいくなんてのはよ』

「……っ」


 その言葉にまた、揚羽の虹が揺らいだ。絶望が薄まり、戸惑いと不安が濃くなった瞳で、揚羽は静かに龍の金色を見つめ返す。

 揚羽にとって、初めてだったのだ。総てを失い国を出て、自分の左目を見てもなお、失われぬ優しさに触れたのは。それが例え、憎き龍神の息子であっても。

 疑いはある。もしかしたら龍の言葉は総て嘘で、自分を上手く丸め込んだ後、予定通り嫁に取るつもりなのではないかと。

 それでも、それを理由に面と向かって龍を拒絶する事など出来ない程に、揚羽の心は疲れ切り、救いを求めていたのだ。


『まぁ、後は、アレだ。……一緒にいれば、そのうちお前の笑顔も見れるかもな、ってな』

「は!?」


 ところがそこに続けられた言葉に、揚羽の頬が一気に朱に染まった。明らかにこういった文句を言われ慣れていないと分かるその反応は、龍の前で初めて見せた、揚羽の年頃の娘らしさであった。


「な、ななな何なんだお前は! 人間を口説くとかそれが神のする事か!」

『え、今の口説いてたか?』

「無自覚か! これだから神というものは!」

『何で急に怒ってんだ……人間こわ……』


 揚羽の剣幕に、龍がほんの少し体を後ろに引っ込める。どこか威厳の欠けたその姿を揚羽はしばらく睨んでいたが、やがてふう、と長い溜息を吐いた。


「……解った。私とて、このままただ死ぬのが悔しくない訳じゃないからな。今は、言う通りにしてやる」

『……そうか』

「貴様の事は何と呼べばいい。……一応、仮初めでも夫婦となる訳だからな。希望は聞いてやる」

『俺は堅苦しいのは嫌いだ。金剛(こんごう)と、そう呼べばいい』

「そうか。……ひとまずここに世話になる、金剛」


 そう言った揚羽に龍——金剛は、笑むように軽く目を細めた。



 その日。地上に生きる総ての民が、神の声を聞いた。


『我、今この時、千年の伴侶を得たり。これ以上の無用の争いは、龍神の怒りに触れると知れ』


 始めは幻聴か、はたまた敵方の策略かと疑う者も多かった。しかし皆が全く同様の声を聞いたと知れると、龍神の怒りを恐れ、次々に戦いの手は止まっていった。

 こうして、『龍神の花嫁』に端を発した大陸全土を巡る争いは、遂に終止符が打たれたのであった。



 ——龍神の嫁取り、今ここに成立せり。

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