第1章7話 煽り上手なマナ酔いエルフのお腹は真っ黒
「たかがエルフが、これほどの魔法を操るとは思わなんだか! にひひひっ! 炎を一吹きすれば消し飛ばせると? 図体だけの火トカゲ風情が、とんだ見込み違いよのぉ。きゃはははっ♪」
「ちょっ、ちょっとギルっ! 言いすぎっ! って聞こえてないよ、ね?」
「ういっくぅ♪ もちろんあやつ聞こえておるぞ♪ 濃密なマナが満ちておれば敵味方の縁に念が乗り、声は届かずとも以心伝心じゃあ♪」
ーーぞくり。
強烈な怒気を感じたシオンの肌が総毛立つ。
垂れる冷や汗を拭い、モニターを見れば。
全身の鱗を逆立て、激怒咆哮する地竜。
ーーガァアアアアアアアアアアアッッッ!!
「めっちゃ怒ってるぅっ!」
「うひひ。怒れる竜の全力ドラゴンブレスじゃ。防ぎ切れれば後世まで詩人が歌い継ぐ偉業なのじゃあ♪」
「こりゃあマズいさね」
艦長席に深く背を沈めて二人のやりとりを聞いていたジュンコが、あ~あと眉をひそませた。
「どうかしましたか?」
「姫さん悪酔いし過ぎだ。先に相手がブチ切れちまうよ。XCP、地竜に無人機をけしかけられるかい?」
「私の管制範囲ギリギリで警戒中です。もう少し前に出せば、自律思考で攻撃できますが、いいんですか?」
是非を考える暇はないと見て即断即決、ジュンコは頷いた。
「時間稼ぎだよ。派手にやらせな!」
「了解です。フルオートへ移行します」
「vip!」
XCPの指示を受信した二機のベスタが、潜んでいた木陰から前進しつつ、小銃を無反動砲に持ち替えた。
敵のGAは後退し、二機の進路を阻む者は居ない。
左右に分かれてアースドラゴンへ接近し、射線が確保出来た一機が足を止めた。
肩に背負って構えた、大砲の引き金を引く。
ーーシュバッ!
白煙を撒いて放たれた一弾が、地竜の左肩で爆発した。
ーードゴォンッ!
「ガァアアアアアアアーッ!?」
左前足の付け根に直撃を受けた地竜が、怒りの咆哮を上げる。
もう一機は大胆にも地竜の正面に姿を現し、右手で無反動砲、左手で小銃を腰だめに構え撃ちまくった。
「viviiiiip!」
顔面に二十ミリ弾を浴び、ロケット弾の爆炎に地竜の首がねじ曲げられた。
憤怒に牙を剥くや身を屈め、猛然と地面を蹴立ててGAに食らいつく!
「vupp!」
避ける暇もなく上半身に齧りつかれ、バキンッと粉砕される装甲機兵。
ーードムッ!
口蓋内で破裂する弾薬の誘爆も気にせず、地竜は地面に落ちた下半身を前足で踏み潰した。
もう一機に顔を向け、唸りながら睥睨し、大きく息を吸い込む。
ーーヒュゴオオオオッ。
「vivivivi」
感情のないAIが、僅かに怯んだように見えて。
ーーゴゥッ、ゴォオオオオオッ!
次の瞬間、地竜が吐いた太く長い炎の奔流が、ベスタを飲み込み一気に焼き尽くす。
ーーバゴォッ!
猛烈な衝撃で吹き飛ばされ、爆発四散したGAの焼け爛れた残骸が、辺りに撒き散らされた。
「やられた!? ベスタがあんな簡単に、しかもアースドラゴン無傷って!?」
「案ずるでないわ。心の宿らぬ操り人形ならいざ知らず、儂とシオが乗るブルスならば大丈夫じゃとも」
思わずギルに振り向いて聞くシオンに、ふんと鼻息荒く自信満々に応えるエルフ。
「ホントに? 噛まれても? 踏まれても? 火を噴かれてもぉっ!?」
「くひひっ! ぜぇんぶ防いで見せるわ! 我が渾身の魔法障壁でなぁ!」
「グルルルルルッ!」
ハイテンションで大見得を切り、呵々大笑するギル姫に、アースドラゴンが再び唸り声を上げ、全身の鱗を逆立てて尻尾を大きくくねらせる。
あからさまな威嚇に気圧されたら負けだと、モニター越しにシオンが睨み返して、ふと異変に気づいた。
「ギル、めっちゃ気になるんだけど。この世界の竜にも逆鱗ってある? 顎のちょっと下のでっかい鱗が赤く光ってるんだけど!」
「ふにゅ? あるのぉ逆鱗。じゃが心配ないのじゃ! 地竜ごとき恐るるに足りず。くはははっ! 悔しかったらこの魔法障壁、破ってみい! にゅはははっ♪」
「もうやだこの酔っ払いぃっ! こ、これで魔法陣完成っ!」
ーーヴォオオオオオオオ……ッ!
見事、覚えたとおりに描いた積層魔法陣が発動し、防御紋様が回転する巨大な虹色の障壁が、ブルスの眼前に出現する。
同時に地竜も鎌首をもたげるや、怒りを炎に変えて渾身の爆炎を吹き放った!
ーーゴォオオオオオオオッッ!!
ーードゥウウウウンンッッ!!
まっすぐ放たれる灼熱の炎の奔流は、城の魔法障壁を揺るがせた艦砲射撃以上の激震をもたらし、鳥も獣も逃げ出した森を焼き、大地を抉って灰燼と化す。
装甲機兵を一瞬で融解粉砕した炎の息吹は、しかし七色に煌めく障壁に防がれた。
破格の魔杖を握るギルキュリアの魔法陣は、小揺るぎもしない!
「んはぁああああんんっ! 熱いっ、熱いよぉっ! ドラゴンブレスが熱くてぇ、なんか来ちゃうぅ!」
「にゃははっ! 効かぬ効かぬぞ、どうしたアースドラゴン。それでも始原の神竜に連なる一族の末裔か! 根性見せてみぃ♪」
「ほ、ホントにギル、性格悪いっ! でもさ、なんかドンドン熱くなってる……って、逆鱗がっ!?」
「んぉっ? 逆鱗の赤い輝きが広がっておるの。いや、あれはまさか、そんな馬鹿なっ!?」
ギルの驚愕に応えるように、口から放つ炎の息吹が赤光の熱線に収束した。
ーーキュボッッ!!
ーービュビイイイイイイイィッッッ!!!
その刹那、大きくたわみ激しく明滅する魔法障壁。
地竜の背中に深紅の光麟が至り、高温に炙られた二段の連装砲が耐えきれず、赤熱爆散した。
残骸を振り落とし、メキメキと音を立てて屹立していくのは巨大な翼。
内側から古い緑麟を爆ぜ散らし、体躯を一回り以上も巨大化させ、アースドラゴンだったものは赤く染まった身をよじり、長い尾を振りかざす。
「ギャオオオオオオオオオォッ!!」
それは真の竜。
何者も焼き尽くす劫火の化身、猛き赤竜!
「レッドドラゴンじゃとぉ……おのれぇ、憤怒を糧に炎の息吹を熱線に変え、赤竜へ進化したと言うのか。そんなん反則じゃろっ!?」
予想外の事態に激しく狼狽するエルフの姫。
種としては金竜、銀竜に次ぐとされる脅威度、歴史上で人に討伐された竜の中では最高位が赤竜だ。
たったの二例、しかも討伐までに大陸が一つ焼き払われ、数百の神々と英雄が屠られた。
一匹は半神半人の英雄が、もう一匹は勇者が率いた冒険者たちが、死闘の末に倒した伝説である。
「煽りすぎだってばぁっ! どーすんのコレぇっ」
「ぐぬぬ。今さら他に手など無いわい! このまま防ぎきるのじゃあぁああああっ!」
「ムチャ振りすぎるうううううっ! いやあああああ、死んじゃうっ! 死んじゃうよぉっ!」
無我夢中で操縦桿を握り、シオンが出来る事と言えば。
「もう一度ぉっ! やってみたらぁっ!」
「この上に倍掛けじゃと! いかな破格の魔杖といえども、そんな魔力が出せるはずが……ぐひぃっ!?」
シオンの操作に引きずられたマナが、GAと一体化したギルの星辰体に絡みついた。
あたかも触手のごとく体中を這い回り、法衣の上から染み込んで、新たに生じた魔法陣の光輪へ繋がり魔力を注ぎ込んでいく。
「んぉおっ、くふっ、んんぅっ! や、止めるのじゃあ……お主のエゴが儂に食い込んで、きひぃんっ!?」
「ごめん、ギルっ! でも皆を守るのぉーっ!」
「あっあっあっ! シオが、シオのエゴがぁっ! 儂のナカから呪文を掻き出しとるぅううううっ!」
上から数えて三番目、蒼玉の位階を持つ魔術師のギル姫は、呪文を意識すれば無詠唱でも魔術を行使できる。
唱えたばかりで星辰体に残っていた呪文が引きずり出される未知の感覚に、エルフの華奢な肢体が痙攣した。
「きにぃいいいっ! よ、止すのじゃあっ! 二つの魔術が重なればマナが互いを壊しあう。儂、儂の魔法陣が壊れるぅっ!」
「だったらギルが! 何とかしてぇっ!」
ここぞとばかりの無茶振り返し!
ギルもこのままでは、ブレスに焼かれて死ぬと分かっている。
城も跡形無く吹き飛び領民は全滅し、上空のアキラメルも巻き込まれて爆沈するだろう。
レッドドラゴンに進化した竜の爆裂熱線の威力は、地竜の火炎放射を遥かに超えていた。
最強無比と確信した防御障壁を突き崩して、今にも押し破られそうな衝撃に。
「ぐ、ぐ、ぐぬぅううううっ! ならばっ! こうじゃあああっ! マナよ疾く広がれっ、間隔を空けよ! 二つを一つに、組み込むのじゃああ!」
機体を通じて繋がるマナを介し、ギルは新たな挙動をシオンに電光めいた思念で伝えた。
ジュッと脳を焼くきな臭い匂いがシオンとギルの鼻腔に生じ、ぬるりと溢れる鮮血。
「うぁあああああああっっっ!!!」
シオンの指が操縦桿の鍵盤を、矢継ぎ早に押し込みながら、ありったけの気合いを込めて動かす。
装甲機兵は両手の五指で空を掻き、新たな紋様を描き出した。
シオンとギルの必死のエゴに手繰られて、二つの積層魔法陣が互いに段の間隔を開け、同一の術式呪紋が二層に重ね合う。
「あーっ! また来るっ! 熱いのっ、魔杖から来るっ! 来ちゃうっ! あああっ、ダメぇ~っ!」
凄まじい魔力の波が放たれ、シオンの意識が閃光に呑み込まれた。
衝撃に吹き飛ばされ、天高く投げ出された感覚に、視界がブラックアウトして。
「ふぁあっ、ああっ、ぅあぁあぁ……っ」
何も見えない。聞こえない。感じない。
「なに、なんなのコレっ! ギルっ! どこにっ! ギルキュリアぁっ!」
暗闇に包み込まれ、感覚がはぎ取られる。
体の輪郭が、自分が何処にいるか、何もかも消えて。
「闇に呑まれる……だ、だめ……っ、耐えられな……っ!?」
不意に、引き寄せられた。
何万光年も一気に飛ぶ感覚で、遙か彼方の一点へ。
黄金に輝く大樹、その巨大な幹を辿り、雲海を突き抜け蒼穹を舞い、夜空へ辿り着いて。
二つの月に挟まれ、蒼い星を見下ろし、七色の光芒に包まれた巨大な銀の十字架が、そこに。
ーーシ、オ。
ーー呼んでる、の?
瞬間、全ての色を含んだ無限光が、シオンを照らし出す。
消えかけていた輪郭が、体温が、鼓動が蘇って。
「……シオ、シオっ! 目を覚ますのじゃ!」
「えっ、えっ、今のっ、なに!? 何を見てたの、あたしっ!?」
がばっと跳ね起きたのは、操縦席だ。
全身が汗に塗れて、パイロットスーツの生暖かい湿りが肌に張り付き、気持ち悪い。
「気を失っておったぞ! 魔杖の魔力を引き出しすぎて、魂を消し飛ばされかけとったわ!」
「今の、夢なの……アレ」
「天啓か幻覚か知らんが、詮索は後にせい! 儂も限界……最後の術式……早ようっ!」
ギルもまた全身に汗を滴らせ、法衣が乱れていた。
発熱し紅潮した絹肌に、流れる魔力の光線が煌めき、固く閉じた眦に涙が浮かぶ。
「ゴメン、ギルっ! やるよっ!」
操縦桿を握り直し、並んだ釦に指を滑らせながら、ぐっと押し込んで、シオンは叫ぶ!
「いっっけえええええええっっっ!!」
「九層掛ける九層っ! 抜けるものなら抜いてみぃドラゴンっ! これが八十一重合魔法障壁、絶対無敵じゃあぁああああっっ!!!」
「グルァアアアアアアッッッ!!!」
ーーキュッ!
ーードゴォオオオオオオンンンンッッッ!!!
凄まじい爆光と爆風が生じ、衝撃波が森の木々を薙ぎ倒し、地面を吹き飛ばした。
初めてまして。あるいはお久しぶりです。
第1章7話をお読み頂き、ありがとうございます。井村満月と申します。
おや? アースドラゴンの様子が……!
というわけで進化しちゃいました。
レッドドラゴンに。
煽りすぎだってばぁギル姫ぇぇぇっ!
魔法界の怪物は混沌を孕んだ存在であり、気合いが満ちて実績解除すれば進化しちゃいます。特にドラゴンは始原の混沌を受け継ぐ最古の種族の一つなので、種類が多かったりするのもそのせいです。レッドドラゴンは普通に火も吐きますが、マジギレしたので爆裂熱線ブレスを吐いてます。
地竜が人語を解するかはさておき、姫の解説通りマナを介して意志が伝わってる訳で、あんなにトカゲ呼ばわりされたら、そりゃブチ切れますよねー。
何でも筒抜けより、オブラートに包んだ大人の会話って大事です! 相手への敬意と謙虚さも!
なおこの世界の魔法の呪文は、流派によって様々です。力ある言葉や魔力を反応させやすい音、エゴを込めれば何でもいいとか、その場のノリが大事とか、まだまだ研究中で、どっかの神様や大魔法使いが理をずらしたせいで、呪文や触媒が使えなくなるとかも、そこそこあります。
ギル姫は魔法医も兼ねてて、医術よりの治癒魔法使いです。なので薬学も齧ってて、錬金術にも手を出していますが、本領は魔力を術で操る魔術師です。エルフなので魔力を直に操る魔法も使えますが、便利な反面エゴが実現化するため、思いも寄らない副作用がでるとか。
そんなギル姫がシオンのムチャぶりで構築した、破格の魔杖の二重積層魔法陣、八十一重合防御障壁で。
見事にレッドドラゴンの爆裂熱線ブレスを防ぎ切れるでしょうか?
シオンとヒロインたちの奮戦ぶりを、この次もお楽しみ下さいませ!