第1章10話 失敗と名乗る少女は魔王軍を誑かす。
レブナ城から数里離れた丘陵の麓に、二つの月明かりが三隻の艦に濃い影を作らせた。
アキラメルと異なり大気圏内で飛行可能な、中程で船幅を大きく広げたリフティングボディの、膨らんだ両舷に連装砲塔を一基ずつを搭載した大型艦が、東西地球帝国の機動巡航艦スプレマシー。
横に倒した箱状の全翼機で、四枚の巨大な回転翼が目立つのが、同じく帝国の護衛空母アイスブレイク。
そして細長い棒状の船体の真上に、同じ大きさと形状の気嚢を浮かべて飛行船に改造したのが、火星革命軍の駆逐艦クワントだ。
戦隊旗艦であるスプレマシーの人払いされた作戦室に集った指揮官達には、重苦しい空気が漂っていた。
「な、なんて事だ……ジャクソン准将にどう報告すればいい? GAを九機に巡航艦の主砲二基まで使って作戦失敗などと、どう言えば」
「失態だったな、ノブレ中佐。我らの手勢も大損害だ。ゴブリンの精鋭は戻ったが、傲魔王陛下から下賜された地竜を失い、エルフの城を落とせぬばかりか、しゃしゃり出てきた小娘を未だ生かしておくとは!」
薄い髪を掻き毟り狼狽する小太りの中佐を、苛立たしげに非難したのは、金と宝石で華美に彫金された黒鋼甲冑の騎士。
蒼肌に赤い逢髪の美丈夫だが、頭と肩に捻れた二本の角を持ち、口元に獰猛な牙を覗かせる三本腕の魔族の将軍だ。
一見すれば流麗な優男に見える顔を、斜めに走る大きな傷跡が、他を圧する凄みを与えていた。
心外そうに反駁したのは、ひょろりとした上背のアイスブレイク艦長ナズリー少佐で、やれやれと肩を竦める。
「これは手厳しいですな、デオグル将軍。確かに作戦は失敗しましたが、我が帝国のGAは立派にアースドラゴンの護衛を努めましたぞ? 噴いた火が通じなかった責任まで、取れとおっしゃるので?」
「貴様ら自慢の大砲が効かなかったと、ゴブリンどもが喚いておったわ! 魔法障壁を破れず早々に壊れたとな!」
魔人の怒気を向けられ、ナズリーはひっと息を詰まらせる小心ぶり。隣のノブレ中佐も、身の危険を感じて彼を盾にした。
如何に将軍とはいえ魔王軍である。
法治を知らぬ未開の蛮族と普段は蔑んでいるが、人を殺すに躊躇がない野蛮さを向けられると、二人の艦長は威厳を捨てて怯えるしかない。
「くくく、短気は損気である。十分な成果もあったのである、斃馬将軍殿」
いやらしく笑ったのは、帽子を被り外套を纏い、眼鏡を掛けた金髪の小柄な少女。
明らかに軍人ではないが、革命軍の駆逐艦クワントを指揮する傭兵隊長で、ファンブルと名乗っている。
「成果だと!?」
「我の見立てではレブナ城の魔法障壁は崩壊寸前、城壁にもヒビが入っているのである」
白く光を跳ね返す眼鏡、奇妙な口調のせいで、男たちは彼女の表情も思惑も、推し量れないでいる。
「閣下の、ひいては魔王軍の怨敵であるギルキュリア姫の船も、主砲副砲共に損傷し航行不能。暫くは動けぬのである。これは好機なのである」
「最低限の収穫はあった。それが今回の落とし所か」
デオグルが責任を問おうにも、異界の戦船の戦力は極めて重要で、徒に損なう訳にはいかなかった。
天馬騎士団一つを単身殲滅し、斃馬将軍の異名を頂いたデオグルでさえ、GA十機は手に余る。
「そ、その通りですぞ! 我が帝国軍も今以上の奮戦を約束しますとも! ですね中佐!」
「う、うむ」
手に握った汗を拭き、威厳を正すノブレ中佐。
「であれば引き続き、補給を頂きたい。帰還したGAの修理も必要だ。必要な物資はすぐ連絡させて頂くが……よ、宜しいか?」
「また兵糧に酒に油が欲しいのか。分かった。商人を寄越す。娼婦もな。だが次は三隻とも、戦に出てもらうぞ!」
ガリア界の兵は金食い虫だ。これ以上の戦力の出し惜しみは許さんと言外に告げて、デオグルは踵を返した。
「憎きファレンファウスト呪王家の王族を悉く捕らえ、心の臓を抉り出し神に捧げねば、我らが恨みは晴れぬ! けして姫を逃がすな。城を落とすのだ!」
二本の右腕で憎々しげに顔の傷をなぞり、憎悪の炎を瞳に燃やす魔族が、作戦室を出て行った。
「ははぁっ!」
凶暴な檄に思わず敬礼を返してから、互いに強張った顔を見直す中佐と少佐。
ぎこちなく笑いあってから、もう一人の艦長に向き直ろうとして、もう居ないのに気づく。
「ファンブルは、いつの間に帰った?」
「なるほど。貴様の思惑通りか」
「汝は鋭いのである。くく、しかりしかり全くもってその通り」
「そんな事だろうと思ったよお。この茶番にどんな裏があるんだい? ボクらを付き合わせてさあ?」
ぬるりと艦影から抜け出すように現れたファンブルを、イワンとトリンが呼び止めた。
駆逐艦クワントの傍ら、補給物資の木箱と樽が山と積まれた集積所に、GAブランシェが跪いていて。
樽の上にパンや干し肉を勝手に広げ、ワインの瓶も封を切っていた。
これでも戦隊の備蓄としては心許ない量で、勝手な振る舞いだが、二人はファンブルに雇われた私兵だ。
トリンは機甲界での決戦中、ルビィに撃たれて意識を失い、この艦の医務室でファンブルに起こされた。
イワンは町や村を転々と放浪して、雇われた口だ。
他のGA乗りや艦の乗員も同様で、この世界の住人も少なくない。
「さぞかし面白い理由だろうねえ? でなきゃボク、次は好きにしちゃうよお?」
ニコニコと笑っているが、この凶人は今すぐファンブルを斬り捨てても不思議ではなく。
元の世界ではナイフを好んだが、魔法界に来てからは細剣がお気に入りだ。
積まれた木箱の中に転がっていた、リンゴに似た赤い果実を齧る少年に、少女が答えた。
「レベルアップなのである」
「レベルアップ?」
怪訝な顔をするトリンの横で、合点がいったと頷くイワン。
「なるほど。レッドドラゴンで、破格の魔杖の力を引き出したか」
「いかにも。それとファレンファウスト聖王家の小娘にも、成長を促したのである」
「敵を育ててさ、何がいいのかなあ?」
面倒な事を、と目を細めるトリン。
「大転移なのである」
先ずは、とファンブルは一人ごちる。
「機甲界から数千の艦艇とGA、そして人を転移させる力。アレを再び起こすには、神に互するほどの力が必要である」
「意外だねえ。キミ、元の世界に戻りたいんだ? すっごくイキイキと陰謀ってると思ってたのに」
「くくく、我にも都合があり、楽しんでもいるのである。今の情勢は騒々しく、実に好ましい故に」
暗く澱んだ紫色の瞳を見せて、愉快そうに笑うファンブルに、イワンは嘘を見いだせなかった。
「俺に異存はない。今の所は」
「まあボクも、もう少し付き合ってもいいかなあ。スターロードを殺しても良いならねえ?」
「それも良しなのである。憎悪や悔恨もまた必要な味付けである。流れ落ちたる星が美味なれば、なお良しであるが故に。くくく、くくくくっ」
口角を吊り上げて、彼女は笑みが零れる口元を手で押さえた。
(ようやく彼の者は、招かれたのである。さて此度はどこまで辿れるか。楽しみであるな新米殿)
少女の名はファンブル。避け難く絶対的な失敗。
「我は失敗である。我が為すも、我を為すも、我に為すも、すべからく。くくくく」
この喉奥の小さな呟きを聞いた者は居らず、二つの月は翳り色褪せて、雲間に隠れつつあった。
初めてまして。あるいはお久しぶりです。
第1章10話をお読み頂き、ありがとうございます。井村満月と申します。
今回は閑話休題。シオンたちに撃退された魔王軍のお話でした。
地竜を失ったとは言え、敵には三隻の戦闘艦と多数のGA、そして斃馬将軍率いる魔王軍が健在です!
しかも将軍はギルキュリアの実家を激しく憎んでいるようで、魔王軍と聖王家の因縁の根深さを伺わせました。
魔王軍に協力する地球帝国も、二隻だけでなく中将が率いる軍団が居そうですね。
ちなみに地球帝国の艦艇は、殆どが大気圏内でも航行可能な設計になっています。宇宙に拠点がなく地球各地で建造し、荒廃した地上で敵と交戦しつつ打ち上げ拠点に向かう必要があった為です。なので気嚢などの改造は必要無く、設計通りの性能で運用できます。ですが推進剤などの補給の問題で、移動力の優位を活かし難い状況です。
そして謎の少女ファンブル。である口調の眼鏡っ娘で、トリンやイワンを雇い、火星革命軍の駆逐艦を率いる傭兵隊長。魔王軍の怒れる将軍を諭して見せて、地竜が赤竜化しシオンとギルに倒されるまでが、彼女の企みでした。
その目的は大転移を起こす事、そのための駒がシオンとギルだと彼女は言うのですが、果たして?
さて、次回は再びシオンたちの物語です。
ヒロインたちとシオンの奮戦ぶりを、この次もお楽しみ下さいませ!